卒業式の朝は早い。娘の時差ぼけに付き合ったせいもあるけれど朝7時にはホテルを出て学校へと向かう。生憎小雨が降っていたのだが、卒業式会場には傘も持ち込めないとホームページに書いてあったのでガウンとキャップをCOOPのビニール袋に入れて守りながら、自分は濡れて歩く。
ガウンとキャップは$35でレンタルしたのだが、ガウンは見るからに安物でレンタル窓口のお姉さんに"It will 'bleed' when it gets wet."(濡れたら色落ちするからね)と言われていたし、ガウン姿で電車に乗る気もしなかったからだ。
体育館に集合してみると1時間も待たされることがわかったので、久々に合うクラスメートや知人とゆっくりと近況を伝え合った。SDMのクラスメートは全部で40人くらいが式に参加していたが2007年度入学の同級生は10人程度で、残りは全て2006年度入学の人たちだったのがちょっと拍子抜け。
もちろん20人以上は卒業しているのだが、卒業式に来なくても証書は送ってもらえるので仕事を既に始めていて式自体に興味がない人たちにとっては、わざわざ休みとホテルを取って飛行機で駆けつける気にはならないのかもしれないが。それでも何とか参加しようと前日まで仕事をしてシアトルから朝6時に空港に着く便でやってきた強者も居て参加者のテンションはかなり高かった。
体育館からKillian Courtまでの行列が始まる頃には雨も上がって涼しくて気持ち良かった。通行止めになったMass. Ave.とMemorial Dr.を歩いて向かう。沿道には晴れ姿を見に来た沢山の家族が手を振り声をかけている。心地よい音楽が流れるKillian Courtに足を踏み入れると、観覧席を埋め尽くした卒業生の家族達の出迎えを受けた。
式自体は非常に簡単な流れだ。学長挨拶、貴賓挨拶(今年は2006年にノーベル平和賞を受けたDr. Muhammad Yunus氏)、卒業生代表挨拶。そしてその後は1人ずつ名前を呼んでの卒業証書&修了証書授与が2時間半延々と続く。
自分の順番を待ちながら、1人1人の名前が読み上げられて壇上で証書が渡されていく様子がパブリックビジョンにも写されるのを見ていると、どの顔もとても誇らしげで、開放感にあふれていた。
単に紙切れ一枚をもらうだけなのに、自分の番が近づいてくるにつれてなぜか緊張してきた。そして席を立って順番待ちの列に並び、とうとう自分の名前が呼ばれて修了証書をもらった時には喜びに変わった。
1月に論文を提出して日本に帰ったときにも達成感と開放感はあったけれど、こうしてみるとセレモニーって大事だなと思う。色々なことが思い出されると同時に何故か心地よい疲労感の中でMITでの生活が完全に終わったという実感に浸ることが出来たのだ。
式が終わった後は妻と娘、そして友人家族と一緒にドームを背景に写真撮影。娘は時差ぼけでとっても眠そうだったけれど家族そろって卒業を祝える自分は本当に幸せだと思った。これも学生生活中はもちろん、今回の旅行もほとんど寝ずに娘の面倒を見てくれている妻のおかげだ。
自分ももちろん夫として、父親として、全力で出来る限りの事はやったけれども、我が子と一緒にボストンでの一年を過ごしたことからもらったエネルギーはそれ以上だったと思う。そんな環境を用意してくれたのは間違いなく妻であり、3人の生活を献身的に支えてくれたことには感謝の言葉もないくらいだ。
そんなことを考えながらSDMの卒業パーティへと向かった。
久々に会った学科長やスタッフ、そしてまだ在学中のクラスメートは娘の成長ぶりに目を見はり、"SDM Baby"としてかわいがってくれたのがとても嬉しかった。
長い長い1日だったけれど、わざわざこのために日本からやってきた価値は十分に有った今回のボストン卒業式旅行だった。
ちなみに、帰りは何事もなく順調な空の旅を経て無事に日本に帰ってくることが出来たのでした(ふぅ)。
(写真はキャップに着ける房飾り。学士は右側に、修士や博士は左側に垂らすのが決まりだ)
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