トップページ | 2007年2月 »

2007年1月31日 (水)

Boot Camp Is Over!

今日は朝からクラスメートの間で「あと○時間だね~」と言う話題がずっと上っていた。そう、1月のBoot Campと呼ばれたプログラムの最終日だったのだ。常に寝不足で曜日も朝夕も関係なく突っ走ってきた1ヶ月の終わりを告げる一日だった。
20070130_3 中には勢い余ってこんな頭にしてしまったクラスメートもいたくらいで、皆の喜びがどれだけ強烈なものだったか少しはわかってもらえるだろうか(わからないか・・・)。
この厳しい一ヶ月を皆で乗り切ったことで、すごい連帯感が生まれているのは間違いない。今日で一区切り付くことを喜びながらも、終えるのが寂しいと言う気持ちもあって皆で苦労をねぎらったのでした。

20070130_2そして最後に皆で集まって感謝の気持ちを伝えた相手がいる。Tedという1人のスタッフだ。彼の肩書きはLogistics & Event Cordinatorだけれども、早い話が僕らの世話人だ。朗らかでフレンドリーな性格のせいもあるのだろうけれども、授業の事に限らず学校の手続きから私生活まで、とりあえず何でも相談に乗ってくれるし面倒を見てくれる、必要なら相談すべき相手を紹介してくれる。そして1月の特別プログラム中に早朝から深夜まで学校にいる僕らにSDMプログラムから提供される飲食物からデザインチャレンジの景品まで、必要なものの手配は全て彼が1人で取り仕切っていたのだ。

僕も入学が決まってからは授業のことはもとより家探しのことまで相談に乗ってもらったし、入学してからもずっと世話になった。彼がいなかったら僕らのBoot Campはもっと大変なことになっていたに違いないと誰もが思っているのは間違いない。
皆でこっそり彼の趣味を聞き出して、皆のサイン入りのカードと一緒にプレゼントを贈ったのだった。間違いなく1月のどの授業の終わりに送られた拍手より大きかったと思う。
大学の普通のプログラムにはいない存在じゃないかと思うけれども彼の存在はSDMプログラムにとって間違いなく非常に重要な要素でした。

さて、全てのプログラムが終わった後にすることは決まっている。みんなふらふらで疲れ切っていたけれども街に出かけて祝杯を挙げた。残りの長いハードな1年間を無事やって行けるのかという不安がありつつも、1ヶ月をなんとか落ちこぼれずに過ごせたという安堵と、ちょっとは成長したかなと言う喜びを今日は感じながら騒いだのでした。

2007年1月30日 (火)

Training? Education?

Training(トレーニング)とEducation(教育)の違いは何だろうか。

今日の授業でたった1分くらい話題になっただけだけれども印象に残ったので忘れないように残しておく。変な例だけれども世の中で言う「教育ママ」という表現は「トレーニングママ」という方が正しいんじゃないかと考えさせられてしまったからだ。

僕は、トレーニングは主に何か問題が生じたときにそれを解決する方法論や手法を学ぶものだと考えている。つまり目の前には既に問題があって、それに対するアプローチが定義されている場合に有効だ。わかりやすく言うとだれかが開発した問題解決法の手順やツールの使い方を学ぶことだ。僕はゆとり教育以前の世代だけれども、たいていの学校とか塾のスタイルはこれに当てはまっていたんじゃないかと思う。

一方で教育は主に物事に対する考え方や取り組み方を学ぶものなのではないだろうか。その目的は未知の領域に踏み込むため、もしくは陥ったときに対応するためにあると考えている。別に人類史上初でなくてもいい。未知の問題、経験したことのない問題にはエンジニアでなくとも誰もが生活の中で直面するはずだ。そこでいかにして何が問題かを特定し、解決策を考え、限られた時間と資源と手持ちの武器で乗り越えていくかを考えなければならない。特にグループの場合はそのマネージメントも必要だ。マネージメントとはもちろん問題が起こらないように管理するだけではなく、チームをより好ましい状況に導くことだ。
これにはどれだけ詰め込まれた知識やケース毎の対応策があっても限界がある。常に現れる新しい状況、環境の変化に対応し、時には新しい状況を作り出すための能力。簡単なことではないけれども、企業でも家庭でも人を教育していくとはこういう事なんだろうと思う。

そしてふと思ったのだけれど、実はこれがイノベーション(革新、刷新)の源なのではないだろうか。もちろん知識や経験という手持ちの武器がなくては何もできないし、他人の経験を共有することができれば非常に大きな助けとなるのは言うまでもない。

もちろん知識は有った方がいいしある程度は必須なので詰め込み教育を否定する気はないけれども、二つの差異とバランスを明確に認識するべきなんじゃないかと言うのがポイントです。日本にいたときにはあまり明確に考えなかったけど。

今日の午後は「技術者の倫理について」「リーダーシップとは何か」「ケーススタディのコツ(TA※による講義)」が、それぞれ2.5時間ずつ。タフだったけれど、新鮮でなかなかためになった。

※TA=Teaching Assistant、授業の助手みたいなもんです

2007年1月29日 (月)

Shin Ramyum

20070128_11 辛ラーメンは大学の時から、たまに食べていた。
正直、すごくおいしいわけでもないのだけれども、
関西には韓国人が大勢いるのでその手の食べ物が身近にあったこと、大学の研究室に韓国から来ている研究員が何人かいて辛ラーメンを段ボールにいっぱい送ってきてもらっていたのを皆で夜食にごちそうになっていたこと、そして何より辛い物好きだということで。

20070128_12 で、ボストンに来てから韓国食料品店に行ったときに、やっぱり見つけてしまったので迷わず買ってしまった。見た目は同じなのだがふと気がついたらMade in USAと書いてある。もう少し読んでみると電子レンジでの調理方法が載っていた。これにはさすがに驚いた、というかあきれた。
さすがアメリカ人、いくら料理しないからといって電子レンジでインスタントラーメンを作るとは。
日本ではいくら料理のできない男でも鍋でインスタントラーメン作るくらいはできるはず。いくら手を抜いても鍋のまま食べるくらいのはず。いくらなんでもやりすぎだぜ。

で・・・・・・

20070128_13 好奇心を抑えきれずに作ってみた。
見た目は普通。麺が投入したときの円形を微妙に保っているのが気になるくらい。
味は、うん、まぁ、こんなもんかなという感じ。
でもやっぱり混ぜてないので、どんぶりの縁に近い麺はよくゆでられているけれども真ん中に近いところはちょっと芯が残っている。

やっぱりラーメンは鍋で作ろうと思った平和な日曜日でした。

2007年1月28日 (日)

SDM&LFM Office

僕が通っているSDMはMITの普通の大学院コースより授業料が圧倒的に高いだけあって設備は充実している方なんじゃないかと思う(Sloanには負ける気もするけど)。
その設備を簡単に紹介しよう。

20070127_21連日連夜、僕がグループワークをしている場所はE40号館の3Fにあって、登録された学生しか入れないエリアにSDM専用のオフィスがある。正しくはSDMプログラムだけではなくて、同じ枠組みで設立されているLeaders For Manufacturing (LFM)と共有になっている。その共有設備はざっとこういう感じだ。

  • Break out room 12室

20070127_22写真にあるとおり、6人ほどの会議室でプラズマディスプレイ、テレコン設備、ホワイトボードがある。今回はご覧のように壁にフリップチャートをバシバシ貼り付けながらグループワークをやってました。


  • 個人ロッカー 各人1つ

コインロッカー程度の大きさで、古めかしいダイヤル錠。アメリカ人に言わせると「高校生に戻った感じ」らしい。
20070127_23_1

  • 共有勉強机 70席ほど

事務机が置いて有るだけだけれども、もちろんすごく助かる。ただし所々椅子がない・・・

  • キッチン

冷蔵庫、テレビ、食卓、レンジ等が備わっていてコーヒーやソーダも50セントで飲める。なぜか誰かが置いていったらしきTVゲームが置いてあったりする(笑)

  • ソファースペース

談話用で10人くらいであれば座れる

それじゃぁ、これをどれくらいの人数で共有しているかということが気になるのだが、フルタイムの学生だけじゃなくて、遠隔でのテレビ会議方式で授業を受ける学生や、働きながらフルタイムの学生の半分の頻度で通学するコミューターの学生がいるので厳密に見積もることは難しい。それでも単純に計算して、SDMとLFMの両プログラム合わせて在籍している人数で220人程度なのだ。LFMはよく知らないけれどもSDMの場合はフルタイムの学生は1/3程度しかいないのでかなりゆったり使えているというのが自分の感覚だ。

日本で仕事をしていたときが信じられないくらい会議室の予約が楽だし、設備も充実している。会議室だけじゃなくとも教室の近くに行けば共有スペースがあってソファーやテーブルもたくさんあるのでディスカッションに困ることはない。日本にいたときもこれくらい会議室があるといいなぁと思ったのでした。
もっとも日本にいたときよりは圧倒的に無駄な会議が少ないけれど。

PEACE, and NO 'W'!

20070127_1昨日は久々に時間を気にせず寝ることができた。
最近はずっとグループワークでのヘビーな課題が続いていて、深夜まで学校にいる事が多かったので今日 は体力回復モード。ちなみにここ数日は最低気温が4°Fまで下がっていたのも辛かった。まだ華氏には慣れないのですぐにピンと来ないのだが、4°Fは約-15~-16℃。朝夜は寒いと言うより風が当たると痛い。

話を戻すと、深夜までいて終電を逃してもグループの1人が幸い僕の家の近くを通って車で通学しているので送ってもらえた。その道すがら色々な話をしたのだが、ふと彼が「なぁ、あれ知ってるか?」と彼が指さした前の車のバンパーステッカーがこれ。

皆さん何かご存じですか?

左側の黒いシンボルは平和を表すことはすぐにわかったのだけれども右側のWに禁止サインが被さっているシンボルはすぐにはわからなかった。
僕も言われて思い出したのだけれども、Wは現大統領George Walker Bush氏を表す。2代前の大統領であり親であるGeorge Herbert Walker Bush氏が"George Bush"と呼ばれていたのと区別するために使われることが多いらしい。現大統領が選任されたときに、ホワイトハウスの職員入れ替えで、ホワイトハウスのパソコンのキーボードからWの文字が消えたことは有名だ。
ということで、イラク派兵を中心とした武力外交を続ける大統領を支持しない事を訴えるためのステッカーらしい。はー、さすがアメリカと感心してしまいました。
それでも選挙の投票率は日本より低いとのこと。よくわかりません。

2007年1月26日 (金)

授業 Human Side of Leading Technology (Vol.2)

20070125_1_1 以前書いた記事の前振りが気になる!というメールをもらったので授業での話を簡単に説明しよう。

例1)P&Gという日本でもおなじみの会社がアメリカ本国で発売している有名なマウスウォッシュ、最初はミントの緑色だけだった。2色目、スペアミントの青色が開発されてから実際に発売を決定するまでに10年かかった。

P&Gはマウスウォッシュの分野で既にトップの地位を築いていた。市場がある程度成熟したときに行う常套手段は細分化だ。(最近のスキー業界と言えばわかるだろうか)しかしP&Gは恐れた。トップの地位を築いたマウスウォッシュは緑色、人々はこれを欲しがっているし買っている。そこに青色のスペアミントを発売することで消費者を混乱させ、その他大勢の企業が出しているマウスウォッシュと同じように見られないかと。現状維持がブランド力維持だと信じたのだ。もちろんこの不安は杞憂に終わった。

例2)1950年当時、時計と言えばダントツでスイスだった。今でも技術は世界トップだが販売個数は日本にとっくに抜かれ、雇用者数は40%に、企業の数は当時の30%にまで減ってしまっている。


スイス人にとっての時計とは宝石と同じであり財産だ。時計とは親から子へ、そして孫へ受け継ぐものである。普通は一生に1個買えるかどうかの物なのだ。精巧に作られた機械式の時計は美しく芸術品の域に達している。手入れをしつつ使い続ける物であって、決して壊れたら捨てて買い換えればいいやと言うがらくたではない。
なので日本企業が安い時計を売り出したときにスイス人は「クォーツ?日本製?あんな物は時計ではない」と言い続けた。しかし結果的に世界中には安くて品質の高い日本製のクォーツがあふれかえり、スイスはシェアを圧倒的に失った。
しかしスイスはマーケットを高級機械時計に絞ることで強みを発揮して生き残り、その地位を揺るぎないものにしているし、少し前からは低価格分野でもSWATCHという独特のブランドで巻き返しているのは皆さんご存じだろう。
余談だけれど、1950年代には車業界でも日本車に対してアメリカが同じ反応をしたが、こちらは今のところアメリカは全面的に形勢が悪いようだ。

例3)1950年代、技術の花形は真空管だった。当時の真空管メーカは高い技術開発力を有していたにもかかわらず、トップ10社のうち1975年には2社しか生き残ることができなかった。

この問題は一面的に分析できないので非常に難しい。しかし要因としては技術革新への遅れが大きいだろう。成功している企業ほどその技術を過去の物にする新しい物を売り出すのをためらう。その変化のリスクを恐れるあまり、ライバル会社や新興会社の新しい技術に容易に市場を乗っ取られるという結果を生む。授業で最近(と言っても古いけど)の例として挙げられるのはコンピュータで世界を席巻したDECのアルファチップの開発の話だ。詳細は割愛するけれども、DECを破滅に追い込んだこの話は以前紹介したProf. Katzの著書に詳しい。
もちろんその他にも、自分たちの強みとすべき分野を見失って多角化しすぎた結果として破滅する企業も多い。DECを買収したCompaqがその例だろう。CompaqがDECを買収したときにIBMのCEOは大喜びしたという話はIBMを立て直した話「巨像も踊る」に理由を見て取れる。

というわけで、この授業は教授がものすごい早口であることを除いて非常に面白い。
授業の流れとしては

  • イノベーションとはなにか
  • 集団において、失敗を招きがちな振る舞いとその心理
  • イノベーションにおける集団と個人の関係
  • 技術職と管理職がチームとしてどう行動するべきか
  • チームでの意志決定のプロセスで何に気をつけるべきか

と、ホントはこんなに単純じゃないけれどもだいたいこういう感じで進んで来た(授業の内容は追って報告します)。

どうでもいいけど、彼は日本(おそらくは企業)で授業をした経験が多いようで、文化の違いの例や企業の成功例に日本を多用するのでクラスメートに名前と国籍を覚えてもらうのにかなりかってもらっている。授業の後に「教授が学生を当てて意見を求めるのが何でおかしいの?」「名刺ってそんなに大事なの?」なんて聞かれる事も度々なのだ。

2007年1月25日 (木)

Design Challenge #2 is Over!

20070124_1_1 これまで10日間かけて頑張ってきたデザイン・チャレンジ#2の最終プレゼンテーションが終わった。
僕らのチームは個性の強いキャラクターが多かったことと時間が無いことも手伝って、意見がかなり衝突した。それでも膨大な努力とチーム内でのポジションを皆が見つけることができた事によって最終的には一つにまとまることができたし、良い「次世代のエネルギーシステム」のプロポーザルにたどり着くことができたと思う。

僕らのチームは、何がクリーンエネルギーの導入を阻んでいるのか、それを取り除いて化石燃料からクリーンエネルギーへの移行をどうやれば加速することができるかと言うことに注目した。そして結論としては技術的な解を提案するよりも、むしろ社会的に技術開発とクリーンエネルギーの導入を加速させる仕組みを組み込むことを提案した。

これはなかなか他のチームには無かったアイデアだったので結構好評だった。とはいえ、結果的に最優秀賞を決めることは困難であるという、ちょっと脱力な結果だったので、自分たちの提案結果がどう評価されたのかよくわからない。

一方で、自分自身のことを考えると、チームの中では一番英語が下手なこともあって論文作成とか議論では結構足を引っ張ったのだけれども、エネルギーと言う日本人であれば身近に感じている人が多いトピックだったことも幸いして、日本の事例をや考え方をインプットすることで、システムコンセプトにかなり貢献することができたのではないかと思う。
今日のプレゼンテーションでも担当部分の発表について、終わってから何人のクラスメートとレビュワーの先生の1人に「プレゼン良かったよ」と言ってもらえたし、なんとメールでわざわざ面白かったと言ってもらえたので正直とても嬉しかった。
ということで全体的には何とかお荷物にならずに終えることができてほっとしているというのが正直な感想だ。

そしてもう一つ、今までかなりブロークンで通してきた英語も、もうちょっと流暢にしゃべれてすらすら書けるようにならんといかんなぁ、と切に感じたのでした。

明日期限の宿題はないので、終わってからはMITの近くのバーに早々に繰り出してチームメートとビールを一杯だけ飲んで馬鹿話に花を咲かせた。夜中に何度も緊張感漂う議論があったりしたけれどもこうやって今回のグループワークを笑って振り返れることが気持ちよかった。(心地よい疲労感というやつか)

1月のブートキャンプも、いよいよあと1週間です。

余談だけれども、プレゼン中に60人の聴衆に対して「家電製品を買うときに省エネを気にする人~」と質問したら手を挙げてくれたのは1人だけだったのには正直びっくりした。エネルギー問題解決の道は長そうです。

2007年1月24日 (水)

Snow Again!

20070123_11 昨日の夜は久々に雪が積もりました。
窓のない部屋に4時間いただけなのに世界ががらっと変わってびっくり。ずーっと暖冬だったのだが、最近は最低気温が-10度以下、最高気温は零下と言う日も多くてめっきり冬らしくなってきた。風も強いし、10分も外を歩くと頭がキーンとしてくるので、マフラー、帽子、手袋と完全防備は必須。

雪は今朝も残ってたのですが、驚いたことに朝でもパウダースノー。踏みしめる度にキュッキュッとスキー好きにはたまらない音が今年は悲しく響く。
それでも道には大量の岩塩が撒かれるので人&車通りの多いところはほとんど凍りません(思わぬところが凍っててこけそうになるけど)。でも岩塩撒くのはやめて欲しい。ところによっては塩化カルシウムを撒いているんだけれども、それでもとにかく大量に撒くので乾いたところは真っ白。靴の裏も車のタイヤも真っ白。大学の廊下ももちろん真っ白。道ばたには雪か塩かわからない白い塊がそこら中にあるし、道は歩道も車道も小粒の石英のような透明かピンクの塩でジャリジャリです。

そろそろ車も洗わないと春になるまでに錆びつきそう・・・・て、無駄か?

最後に、構内にちょっこり座ってた雪だるま。
20070123_12

2007年1月23日 (火)

That's MIT!

今日は僕が日々授業を受けている環境について書こう。
もちろんMITのキャンパスは広く、教室も様々あると思うのだが、僕が授業を受けているのはごく一部の狭いエリアでの話なので非常に限られた情報になることは勘弁して欲しい。

さて、MITのキャンパスをちょっと歩いてみればわかるのだけれども、建物自体も非常に個性的な校舎が多い。古い物から新しいもの、平凡なデザイン斬新なデザインまで。建築業界では有名なようだけれど、中にはこんな校舎まであったりする。

20070122_11_2 当然教室も多岐にわたっているわけで、まだ数カ所でしか授業を受けたことはないけれども、中にはこんな教室もある(場所は26号館152号室)。スクリーンには演台からの画像しか映すことができないがスクリーンが見えづらくて困る、と言う問題は生じない。むしろどこを見ていいか迷うくらいだ。教授は教室の真ん中で授業するので生徒に取り囲まれるような形である。

だいたいの教室は日本の大学の教室と似たようなものだと思うのだけれども、「おおっ!」と思うことを簡単に列挙してみよう。

インターネット環境の充実

学内はどこに行っても無線LANが利用できる。病院でも食堂でも。最初に接続したときに学生IDを使ってWEB上でPCを登録すれば自由にネットワークが利用できる。ちなみに僕はノートPCとPDAを登録しているがポケットのPDAでいつでもメールとWEBができるのでありがたい。
20070122_12_1更には、学内の至る所にPCが置いてあるのだ。廊下、休憩所、大学病院の待合室、各種手続きの事務所、食堂、本当に至る所にある。これを使えば学内のネットワークシステムにログインできて、メールやウェブなどができてしまう。こんな風に壁からはえていたりもする。 

プロジェクタとビデオの完備
どの教室でもプロジェクタが2台くらいは準備されていてタッチスクリーンの制御用PCを使えばメインスクリーンに映し出せる。ビデオやDVDプレイヤーまで設備があったので授業中に教授は切り替え操作が楽そうである。もちろんこの手の機械は動かない事がよくあるのだが、すぐにサポートの人が飛んでくるのも驚いた。

電源と有線LANの完備
学生の机には電源と有線LANのポートが付いているので5時間続けて授業があったとしてもバッテリーが切れる心配はない。

全部ネットとかマルチメディア環境じゃないか!と思われるかもしれないけれども、これが授業とかなりリンクしている。
僕がいるSDMプログラムは、以前書いたようにSloanビジネススクールにも所属しているのだが、そこのバーチャル環境(Sloan Spaceという)が使える。
授業のスライドや宿題、お知らせなども含めた電子ファイルが全てこのウェブサイトでやりとりされる。その他SDMでは学生がグループワークをするときなどのファイル交換用に、ネットワークドライブまで用意されている。

こういうインフラは、ともすれば制約が多かったり、削られたりすることが多いのだけれども、十分なリソースが有ると無いとでは作業をするときの効率が大違いだなと実感するのでした。もちろん僕らの授業料でまかなわれているのだけれど・・・。

2007年1月21日 (日)

Design Challenge #2

20070120_1 今日は土曜日だけれど、たくさんのクラスメートが学校に来ている。
先週末から始まったデザイン・チャレンジ#2が大詰めを迎えているからだ。午後2時から議論を開始して、一区切り付いたところで長時間の休憩に入ったので気分転換にこの記事を書いている。

話を戻すと、今回は前回のロボット設計とはうってかわって、非常に分析的で論理的な提案が求められる課題になっている。一言で言うと「新しい社会システムの提案」だ。
トピックはチーム毎に異なるけれども、僕らは「新しいエネルギー供給システム」を選んだ。他のトピックは

  • 飲料水供給システム
  • 食料供給システム
  • 医療のための社会インフラ

最終結果は論文形式でまとめた上、MITのシステム工学科(ESD)の教授とそれぞれの専門家を含めたレビュワーの前でプレゼンをやることになっている。

今回のチームメイトは僕を入れて6人なのだが、議論は非常に難航している。
取り扱う地域的な範囲をアメリカに絞っているのだが、解決策をどこに持って行くかで全くまとまらない。
日本人の僕と、中国人2人、アメリカ人だがエネルギー問題の専門家の1人は、将来的には石油エネルギー依存を脱してクリーンエネルギーに移行することと、エネルギー消費量を減らすことが非常に重要だと認識しているのだが、残りの2人のアメリカ人クラスメートにそれを理解してもらうのに丸2日かかった。
そして今議論しているのは「どうすれば一般的なアメリカ人”Average Joe & Jane”に省エネの意識を持たせることができるか」、「政府が補助金を出すことが当てにできないアメリカで誰がクリーンエネルギーの高いコストを負担するか」と言うところである。
唯一一致しているのは「新しいエネルギー供給システム」とは、「新しい技術を利用した継続利用可能なエネルギー供給インフラ」だけを指すわけではなく、そこに移行させるための設備、教育なども含める必要があると言うことだ。まだ道のりはとても長そうだ。

それにしても、アメリカ式議論は非常に疲れる。各自が意見をぶつけ合ったり攻撃と防御を繰り返さなければ気が済まないので、お互いの意見を聞いてその違いと妥協点を探ろうという日本的な考え方は全く通用しない。できるだけ積極的になろうとはしているけれども、まだまだ期待される域にはほど遠いようだ。

9時から再度ミーティングなのだがそこで僕はケーススタディとして

  • 日本で省エネが推進されている現状はどうやって作り出されたか
  • 日本におけるエネルギー政策と新エネルギーの導入状況

について説明することになっているので頑張ります。

・・・その前にまずは晩ご飯。

2007年1月20日 (土)

SEの普及とアメリカのジレンマ

久々にSEについて語ろう。
先日もちょっと触れたけれども、日本でSEを体系的に教えている大学は聞いたことがないし、博士号も取れる分野ではない。SEと呼ばれる人たちがたくさんいるソフトウェア分野においてもだ。何しろ機械学会や情報処理学会などのメジャーな学会でもSEという分野が無くて論文の投稿さえできない状況なのだ。
最近は多少認知されつつあるのと、熱心な人々の努力によって小さいシンポジウムなどでSEのセッションが持たれ始めSEについての論文が出始めているところだし、有志の人たちが推進団体の設立と普及に向けて頑張っている。

一方で世界を見渡すとSEが一番普及しているのはアメリカであり、ヨーロッパ、オーストラリアが続く。さらには21世紀を迎えてからは韓国、中国、台湾、インド、シンガポールなどが急速にSEの教育と導入を国策として図っている。来年の3月にはシンガポールでSEのシンポジウムが開催されるし、彼らは世界最大のSE推進団体INCOSEのシンポジウムを初めてアジアで開こうと頑張っている。
残念ながらアメリカと軍事&宇宙で張り合うロシアについては全くの謎である。
念のために付け加えておくと、SEの普及度が技術力や産業の成熟度と直接比例しているわけではない。SEだけで語れる問題ではない。
例えば一番普及していると言ったアメリカでも、NPOESSと呼ばれる次期地球観測システムはコストが2倍以上に膨れあがる見込みだし、先日ボストンでは地下鉄で導入したICカードシステムが-13度というボストンでは珍しくない気温で低温障害を起こしてダウンしてしまった。地下鉄自身も建設費が予定の2倍以上になっている。有名なところでは、昨年ニューヨークで大規模な停電が起こったのを覚えている人も多いだろう。アメリカでも巨大システムが抱える問題は山積なのだ。

さて、世界一と言ったアメリカでは数多くの大学でSEを学ぶことができる。MIT,Stanford, Caltech, Carnegie Melon, USC, Geogia Tech・・・・挙げきることは到底不可能なほどだ。そしてアメリカでは毎年8,000人もの学生がSEの工学修士号や工学博士号を取得して社会に出て行くのだ。

しかし、アメリカでは今慢性的にシステムエンジニアが不足しているらしい。

その大きな理由は二つあるようだ
一つはアメリカの大学でSEを学ぶ人たちの大半がアメリカの市民権を持たない人々であること。
もう一つは多くのシステムエンジニアを必要とする産業が、航空宇宙、軍事、セキュリティ、インフラ、その他アメリカの基幹を支える分野であり、そこで職を得るためには市民権を持っていることが求められているということ。
軍事産業で働いているクラスメートの1人はSEの修士号を持っているけれども、一緒に卒業した30人の仲間の中で、アメリカの市民権を持つのは自分1人だったらしい。

こうしてアメリカの大学がSEの最先端として認められれば認められるほど世界中から学生が押し寄せ、大学も多様性と影響力の拡大を歓迎してか、どんどん受け入れる。その結果アメリカはシステムエンジニアの最大の供給元でありながら、システムエンジニアが不足していくと言う不思議な状況に陥っているのは皮肉なものである。

Monty Hall Problem回答

1月17日のMonty Hall Problemのコメント欄に問題の解答を掲載しました。

SDMプログラムのトップページも今年のクラス写真が掲載されています。
僕を捜すのは難しいかもしれませんが、どんなメンバーがいるのか、興味がある方はご覧ください。

2007年1月19日 (金)

翻訳つき

今日は木曜日、と言うことで妻がMITメディカルに通う日である。
今週からボストンは例年通りの寒波に見舞われていて、最低気温が-10度を下回り、最高気温も零下の日が続いている。先週は病院に行くのがプレッシャーだったみたいだけれど、今日は家に帰って話をしても特段困ったこともなかったようだった。

というのも、今回は翻訳サービスを頼んでいたので英語の問題が無かったことが大きい、というか全てだろう。

日本でも僕が今まで気にしなかっただけでやっているのかもしれないけれど、MIT Medicalでは様々な言葉での翻訳サービスが無料で頼める。研究者の家族が英語をしゃべれないケースも決して少なくないようで、そのサポートがどれだけあるかは小さいことだけれども非常に重要だと思う。(松坂投手もRed Soxが家族のケアを非常に手厚くしてくれたことに喜んでいたし)
ただし通訳の人が常時待機しているわけではなくて、質疑応答の時だけ3者での電話による通訳だったそうな。それでもかなり役に立ったようで今日は質問を残さずに帰ってこれたようなのでした。

検診の結果は赤ちゃんは既に骨盤の中に収まっているらしく、後どれくらいかかるのかはわからないけれど、妻はそろそろ本格的に出産準備開始です。

MIT Z Center

20070118_1 MITにはZesiger Sports and Fitness Center、通称Z Center(ズィーセンター)と呼ばれる巨大なジムがあって、学生なら誰でも予約して使うことができるらしい。
どれほど巨大かというと、3階建てでプール、フィットネスセンター、バスケットコート3面、アイスホッケーリンクまであって、他にも何がどれだけあるのか、ぱっと見ではわからないほどでかい。さらに、サービスまで良くて入り口でタオルまで無料で貸してくれる。

「週に1度は運動しないと脳みそがフライになる!」と言うバスケット好きのDavidが頑張ってメンバーを集めた結果、早朝7時半の集合にもかかわらず8人のメンバーが集まって、楽しくバスケをすることができた。でもさすがに2ヶ月のブランクがあるとまともに動けるもんでも無かったですが。
寝不足で体力的にもキツいけど、運動しないと体がだるくなるのは確かなので、たまにはこういうリフレッシュは必要だと感じたのでした。

しかしこのバスケットコート、完全に暖房が効いていて寒くなくてびっくりした。24時間暖房のようで無駄というか贅沢というか・・・・やはりアメリカ、さすがIVYリーグ。
コートの真ん中に描いてあるのはMITのマスコットキャラクターのビーバー。
ちなみにMIT体育会のチーム名はENGINEERSらしい。
いいのかそんなんで?

2007年1月18日 (木)

Monty Hall Problem

20070117_1 一昨日の朝から週1回、確率と統計の授業が始まった。MITの大学1回生の授業と同じ内容だからなのか、初回だからなのかわからないけれども、高校で習う程度の内容だったので頭の体操と言ったところだった。質問もあまりでなかったし、自分のPCの画面に集中している人も多かった気がする(苦笑)。

かといって、確率論が退屈かというとそんなことは全くなくて、我々の感覚とは違った事実を教えてくれることもあるのだ。実際例題の時だけは質問が頻出したのでその例題二つを紹介しよう。

高校で確率を習った人なら、
「誰か2人が同じ誕生日である確率が5割を超えるのは、何人以上のクラスか」
と言う問題は聞いたことがあるんじゃないかと思う。
1年は365日も有るんだから、一つの教室に入れる人数では無理なんじゃないかと思うかもしれないけれども、実際は23人だ。計算は省くけれども、50人もいれば軽く90%を超える。

もう一つ、今日の授業で初めて聞いた例は「モンティ・ホール問題」。これはアメリカのTVバラエティ”Deal or Not Deal”の司会者Monty Hall氏に由来するとのことだが、内容はこうだ。

  • あなたの目の前にはドアが3つあって選んだドアの向こうにある物が手に入る。
  • ドアの向こうにある物は、1つが高級車、2つが山羊(つまりハズレ)。

こういう状況でゲームは始まる。

  1. まずあなたは1つのドアを選ぶ。まだ開けてはいけない。
  2. 次に答えを知っているモンティが、あなたが選んでいないドア2つの内から、山羊のいるドアを1つ開けてくれる(この時点で、あなたが選んだドアか、残りの1つのドアか、どちらかのドアの後ろに高級車がある)
  3. 最後にあなたは最初に選んだドアを開けるか、考えを変えて残りのドアを開けるか選ぶことができる。

さぁ、あなたは開けるドアを変えますか?"Deal? or Not Deal?"
もちろんドアの向こうの音に聞き耳を立ててから選ぶ、なんてのはナシです。

この話が有名になったのは、1990年に、どうするのが良いか解説した番組に対して数学者100人を含む1万人もの人から「解説は間違っている!」という間違った投書が殺到したことによるらしい。

答えは2日後、この記事のコメント欄で。

2007年1月17日 (水)

引越完了?

20070116_2 今日、やっと船便で送った荷物が着いた。
結局のところ航空便で14日、船便で43日かかったので、どちらも聞いていた日数のアベレージくらいで届いたことになる。
そもそも東海岸なので船便はパナマ運河を通って来るために(今回迷ったもう一社は西海岸から鉄道で運ぶと言っていたが・・・)時間がかかって当たり前なのだが、どうやらアメリカはセキュリティがうるさくて検査に日数がかかることがネックらしい。防虫剤とか液体とか食品も送れないしこの国への引越は不便かどうかと言えば、不便な状況にある。

それでも何とか無事に全ての荷物が届いて一安心。あとは週末にでも時間を見つけて片付ければ引越は完了。鍋料理も焼き魚もできるってもんです。

とはいえ、先週末くらいから妻のおなかが目立って下がってきた。どうやら子供も出てくる準備を始めているようで、あと一週間くらい経ったらいつ産まれてもおかしくないかもしれない。
引越が完了するのはもしかしたら当分先になるのだろうか。

1995年1月17日

もう12年も経ったけれども、今でもたまにあのときを思い出すことがある。
幸い家ではテレビとか食器が壊れたくらいで済んだけれども、震災後5年経って関西を離れてからも3年くらいは微震でもすごく不安になったくらい僕にとってもひどい体験だった。
まだ上手く言葉では表現できないけれども、あの震災が自分の中の何かを確実に変えてしまったことは確かなのだ。

最近は宇宙開発分野でも災害チャーターといった言葉が聞こえてくるし、災害監視、救助活動支援システムへの取り組みが聞かれるけれども、災害現場で実際に救助に当たる市民まで含めると途方もない規模のシステムになる可能性が高い。システムズエンジニアリングはそれに何か光を与えることができるのだろうか。
もちろん、災害に面した人たちの事を身近に感じることができないままでは、いくら論理的に洗練された高度なシステム開発を目指しても本当にいい物なんてできはしないのだけれども。

日本では17日の朝が始まった今、あの日の出来事に関わった全ての人たちのために

黙祷

2007年1月16日 (火)

アメリカ風日本カレー?

20070115_11 我が家での料理は和食が中心だ。
近所にはWhole Foods Marketという、今年の"Fortune100"ランキングで15位につけているオーガニック食材が売りのなかなか良いスーパーマーケットがあるので、我が家はもっぱらそこで買い物を済ませているのだが、インスタント商品以外の日本食材は味噌と米程度しか売っていない。

しかし、ここボストンは日本人が多く住んでいるので日本食材を扱うお店も数件ある。かなり割高なことと種類を選べないことを除けば、多少は欲しい物が手に入る。なぜか日本人経営のお店よりも韓国人経営のお店の方が日本食材が安くて品揃えも多いので、必要になったら韓国系のお店に行っているのだが、日本と同じブランドで、Made in Japanと書いてあってもどうも味が違う気がする。ハウスの一味唐辛子は赤と言うよりは朱色っぽいし、S&Bのゴールデンカレーは「辛口」でもちょっと甘くて味も奥深さが無かった気がする。輸出用に有る程度アレンジしているんだろうなと思ってはいるけれども、カレーの材料についての記載については驚いた。

20070115_12 まずルー1パックに対して、牛肉(またはチキン、エビ、ラム)は900~1350g、つまり2~3ポンド入れるように書いてあるのだが明らかに日本版の倍以上である。さすがアメリカ人、肉の量が半端じゃない。そして野菜はタマネギ1100g(アメリカのタマネギは色も大きさも様々なのだ)。

それだけだ。

にんじん、セロリ、ピーマンなどをお好みで入れるように書いてあるが、普通のアメリカ人は山盛りの肉とタマネギだけのカレーを作る事になって、「おー、これが日本のカレーか。インドのカレーとは全然ちゃうやん」などと言いながら食べているのだろうか。

などと考えながら、鶏肉は500g、野菜はにんじん、タマネギ、ジャガイモの日本人による日本人向けのカレーを作って微妙な味の違いにうなりながら久々のカレーを楽しんだのだった。

2007年1月15日 (月)

授業 System Architecture

20070114_11 20070114_12システムアーキテクチャーは1月の授業のうちで僕が一番楽しみにしていたものだ。日本での仕事が主に人工衛星のプロジェクトが立ち上がる前のシステム設計だったことが大きく関係しているが、日本では体系を学べる機会が少なかったことが一番の理由だと言えるだろう。

例えば「このシステムは複雑な上に、全体設計のできが悪かったので開発が辛かった」とあなたのチームの誰かが言ったと仮定したときに、以下の問いに自信を持って答えられる人がどれだけいるだろうか
・システムの範囲を明確に定義してチーム全員で明確に共有しているだろうか?
・開発における各作業に対して、開発全体における位置づけと必要性をチーム全員が理解しているだろうか?
・システムの複雑さとは単に部品点数の多さではないが、その本質は何だろうか?
・全体設計のできの善し悪しを論理的かつ一般的に説明できるだろうか?
・困難な事は全てそのまま受け入れるべきものばかりなのだろうか?
・どうやったら開発が楽になって、誰もが喜ぶ結果に近づく事ができるのだろうか?

この授業は、究極的にはこのような問いに少しでも答えられるためにあるのではないかと僕は思っている。
担当はProf. Edward Crawley。MITのEngineering System Division(ESD)の教授だ。

1月は主に「システムアーキテクチャー」という考え方を理解することが目的で、言葉の定義から始まっている。
続きは11月にシステム設計の始まりから終わりまでのプロセスについてとアーキテクチャ設計のケーススタディ。
続いて12月には更に進んでサプライチェーン、プラットフォームやプロダクトファミリーの考え方、既存システムの再利用などについての講義がある。

さて、ここまで読んでくださったエンジニアの方には最初の授業に出た宿題を一度考えて欲しい。簡単なようで意外と難しい。

以下の4つの言葉について考えよう
「System(システム)」「Product(製品、成果物)」「Complex(複雑さ)」「Value(価値)」
問1)自分の定義を述べること
問2)世の中での定義を調べること
問3)自分の定義と世の中の定義を比べて分析すること
問4)最終的に自分がたどり着いた定義を述べること
問5)SystemとProductの違いを分析し、述べること

もちろん、絶対的に正しい回答などは無いので自由に考えて欲しい。

今日の写真は、授業で使っている教科書2冊。両方とも日本で購入可能。
The Art of Systems Architectingは、システムアーキテクチャーとは何か、様々なシステムを対象に分析して、どうすれば良いシステムアーキテクチャーが生み出されるのかを考える良著だと思う。もちろん"Art"と言っているだけ有って、全てを解決して見せてくれる訳ではないけれども、この本を「当たり前のことしか書いてない」と思う人がいれば、是非それを一般化してできるだけ多くの人と共有していただきたい。
Product Design and Developmentは、システム開発のプロセスについて分析した本。いくらか学術的に感じたがシステム開発のプロセスについて一通り勉強するには良いかもしれない。

どちらも生協で購入したときに値段が間違っていないか思わず疑ったほど高額なので簡単にはお勧めできないけれど・・・

2007年1月14日 (日)

授業 The Human Side of Leading Technology

20070113_1
例1)P&Gという日本でもおなじみの会社がアメリカ本国で発売している有名なマウスウォッシュ、最初はミントの緑色だけだった。2色目、スペアミントの青色が開発されてから実際に発売を決定するまでに10年かかった。なぜだろうか。

例2)1950年当時、時計と言えばダントツでスイスだった。今でも技術は世界トップだが販売個数は日本にとっくに抜かれ、雇用者数は40%に、企業の数は当時の30%にまで減ってしまっている。
なぜだろうか。

例3)1950年代、技術の花形は真空管だった。当時の真空管メーカは高い技術開発力を有していたにもかかわらず、トップ10社のうち1975年には2社しか生き残ることができなかった。
なぜだろうか。

皆さんも技術的には他よりも優れている商品や企業が、なぜか失敗してしまった例を一つくらいは挙げることができるのではないだろうか。最近の例ではCDよりも音質が明らかに劣るMP3での音楽販売が大幅に伸びているのに対して、CDをしのぐ高音質のスーパーオーディオCD・・・知っている人でさえどれだけいますか?DATって覚えてますか?


ちょっと前置きが長くなったけれども、この授業はそのようなことがなぜ起こるのか、技術とビジネスをマネージメントしなければならない企業やマネージャはどう取り組まなければならないのかを考えるものだ。日本の大学の工学部ではなかなかお目にかかれない授業ではないだろうか。授業では主に過去の事例を元にして、エンジニアの陥りがちな問題点や、技術者の論理で正しいことだけでは経営層をなぜ動かせないか、なぜ経営層が間違った判断を行って企業を破滅させるのかを面白く語ってくれる。

教鞭を執るProf. Ralph Katzは技術革新に基づいたプロジェクトマネージメント(プロジェクト管理)、エンタープライズマネージメント(企業運営)の研究者で、MITではSloan Bussiness SchoolのResearch Associateだ。

このKatz教授、授業自体は身振り手振りを交えながらおもしろおかしく、しかも機関銃のようにすごい早口でしゃべりまくるのでコメディアンとしても通用するくらいに爆笑の渦が巻き起こりっぱなしなのだが、質疑応答で下手な質問でもしようものなら容赦なく「口撃」されてぐうの音も出ない学生が頻発する。さらにアメリカのメディア、企業、商品、文化を知っていることが前提で事例を話すので、僕は最初の授業では言っていることの5~7割しかわからなかった。

「正しい回答など実際に市場でやってみなければ誰もわからない」ので試験はしないらしい。しかしグループワークが課されてその結果(データの使い方や、論理の妥当性など)で評価されるとのこと。つまりいかにしてその回答にたどり着いたかが問われるわけで、結果が良いか悪いかだけで判断されるよりはしんどい。
授業は1月だけの集中講義なので、来週から毎日授業があって楽しみだが怖くもある。

写真は授業の教科書にもなっている彼の著書。事例も多い分、分析も濃い上に高額なので興味本位で読むにはヘビーですが、技術開発とビジネスのバランスが取れたリーダーを目指す人にはお勧めの本です。日本でもAmazon等で購入可能なようです。

興味がある人がいれば、次は授業の中身も詳しくお伝えしていきます。

2007年1月13日 (土)

妻の通院

20070112_212月は世界中で気温の記録更新が相次いだくらい暖かい月だったけれども、1月に入ってもボストンは例年の寒さを懐かしむ話があちこちで聞こえるくらいの陽気が続いている。来週には最低気温が-10度を下回り、最高気温も氷点下が続くような寒波が襲ってくるらしいけれども、この連休までは暖かい日が続くらしい。

そんな陽気につられてか、妊娠の最終月に入った妻も2日に一度くらいは車で買い物に出かけたりと外出を楽しんでいる。しかし妻にも緊張する外出が週に1回巡ってくる。

MIT Medicalへの通院だ。

僕は朝から夜中まで学校にかかりっきりなので、最初の2,3回付き添った後は1人で通い始めたのだが、英語なんて学校で勉強した以外に使うことなど希だった妻にとっては、いくら1年間日本で英会話学校に通ったと言っても、英語でのコミュニケーションが相当なストレスになるのは容易に理解できる。アメリカの大学に10年いる友人でも「いやー、電話は俺でもまだストレスやで」なんて言っているくらいだし、医療制度まで日本と違うとなればもう言わずもがなである。

それでも、もらった書類を辞書を引きつつ読んで、質問事項の文章メモまで作って、わからないことは意を決して電話をかけて(それでもわからないらしいけど)と、かなり頑張っているのだが、昨日の検診について聞いたところ「2勝2敗やった」とのこと。
何でも、通常の検診は問題なく終わったのだが
・小児科の主担当医を何を元にどう決めればいいか
・通訳サービスがあると聞いたけれど次回の検診の時に頼めるのか
いくらゆっくりしゃべってもらっても回答が理解できず、疲れ果てて根気が続かずあきらめて帰ってきたと言うことだった。

今日はたまたま授業の後に予防接種を受けに行く事になっていたのでそのついでに産婦人科に立ち寄ったところ
「あーーー、彼女ね、はいはいはい昨日も来たね、元気にしてる?」
と、既に受付のおばさんに覚えられている。やはり印象に残ったようである。
妻がこれこれこういう事で・・・と事情を説明したところ
「え?なんですって?オーマイガッ!」
そりゃ医者とのコミュニケーションが取れていなかったなんて、アメリカ人の感覚からすると驚いて当然である。結局はなんとか全てクリアになって事は解決したのだが最後には「あんた、次回の検診時に一緒に来られへんの」(もちろん英語で)と聞かれる始末。

ボストンは東海岸でしかも都会だから、中西部の田舎から来た友人に言わせると冷たい人が多いというけれども、どうも妻の場合は「仕方がないねぇ」と言われながらもちゃんと面倒を見てもらえるような関係というか、状況にいるようなので、それでOKなのかなと思ったのでした。

写真は病院の前に植わっていた桜。

Design Challenge #1(Vol.2)

20070112_1 お互いが競い合う関係にあったとしても、協力できる事についてはお互い助け合おうという僕が今までに経験したことのないグループワークが始まった。もちろん各チームで課題を実行するためのロジックは独自に考えるし、作るロボットは違ってくる。それでもいろいろなことが協力できるものだ。例えば・・・

  • ソフトウェアの開発環境はどれが使いやすいか
  • プログラミング言語の文法と制約
  • ロボットが意図したとおりに動いているかどうかを確かめるには何が使えるか
  • 「線をたどる」などウェブ上でも得られる各種ロジックやテクニックの共有
  • 公開されているルール以外の曖昧な点について、管理人に確認して明確になった事項(どうも最初の説明時にはわざと曖昧にしか言っていないっぽい)
  • 試験コースの共作、共有

こういう関係を大事にする場面に日本では今まで出くわした事がなかったので新鮮だったけれども一つの団体の垣根を超えた協力関係のメリットを強く感じたのだった。中には突っ走って自分たちが開発したソフトウェアを全部公開しているチームもあったけれども、それぞれのチームが趣向を凝らしたロボットができあがった。

20070112_12 おとといは朝から昼過ぎまでその成果を試すコンペが開催されて、写真の通り大いに盛り上がった。結果的にはほとんどのチームが満足にミッションを達成できず、優勝したのは、ルールの一つである「人が刺激を与える毎に減点」を受けてでも音声制御でミッションを完遂したチームだった。

こうして最初のデザインチャレンジは幕を閉じたのだが、実はできあがったロボットの完成度なんて成績にあまり関係しないことは誰もがわかっていたことだったのだ。それでもソフトウェアとハードウェアが統合された一つのシステムを、見知ったばかりの仲間とどれだけ上手く開発できるかというシステムエンジニアとしてのモチベーション、何かにチャレンジするという好奇心、そしてMITの学生であるというちょっとしたプライドで頑張ってきたところはあるんじゃないかなと思う。チームメイトのみならず、多くの仲間と一体感が得られたし、改めてシステム開発の難しさを思い知った。
チーム間の情報共有のリーダー格だったGregは終わった後に「これだけの優秀な、間違いなく優秀な人間が10チームも集まって、何でこんな課題のロボットもまともに作られへんねやろ」とぼそっと言った(もちろん英語で)。ひとしきり議論はしたけれどもいまいち納得できる答えは得られなかったし、なんとなくだけれど1年間かけて考えなければならない質問だと感じたのだった。

さて、来週の月曜日はM.L.Kingの誕生日で三連休と言うこともあって明日からは入学以来初めての休日となるのだが、早くもチームが組み直されて2つめの課題が出ている。しんどくてもすごく楽しいデザインチャレンジだけれど、夜中の1時半に帰ろうとして地下鉄が閉まっている事に気づいてタクシーで帰るなんて事はもうやめようと思う。
ボストンはニューヨークと違って1時頃が終電だそうな・・・

2007年1月12日 (金)

Design Challenge #1(Vol.1)

Lego_mindstorm_nxt Mindstormと聞いてLEGO社の名前が出てくる人がどれくらいいるだろうか。小さい頃にLEGOで遊んだことがある人はたくさんいると思うけれども、このMindstormは10歳以上を対象として、大人でも遊べるものになっている。
このMindstormの最大の特徴はコンピュータが内蔵された大きなメインブロックにいろいろなセンサーとモーターを取り付けることができるようになっていて、組み立てたロボットをパソコンで組んだプログラムを使ってコントロールできるようになっていることだ。そしてこのMindstormがLEGO社とMITの共同開発であることは意外と知られていない。

さて、実は入学してからの1週間、毎日放課後深夜まで、さらには土日も使って取り組んでいたグループ活動はこのMindstormで、とある課題を実行するためのロボットを作ることだった。このグループ活動はSDM Programの中ではDesign Challengeと呼ばれている。1月で2つの課題が出るのだがその一つがこのMindstormを使ったグループ設計だった。
僕は昔からLEGO好きなので実はMindstormで遊んでいたこともあるのだが、まさか昨年に発売された新バージョンを日夜いじくり回すことになろうとは嬉しい驚きだった。

6人一組、合計10チームで取り組んだ課題は簡単に言うと次のようなものだった。
「あなたが働いている会社の倉庫に爆弾があることがわかった、倉庫に詳しい管理人(この課題の担当者がその役を演じている)から得られた情報は次の通り。」

  • チームで力を合わせて、爆弾を取り除けるロボットを作って欲しい
  • 残念ながらロボットは遠隔操作できないので自動で動かして欲しい
  • 取り除いた爆弾は倉庫内の処理場に捨てて欲しい
  • ただし倉庫の中には重要な品物が一つ置かれているのでそれを持ってくるとボスが喜ぶかもしれない
  • 倉庫は空ではなくていろいろな商品が置かれている
  • 倉庫の床には爆弾にたどり着ける線と重要な品にたどり着ける線、立ち入り禁止区域の境界線の3種類の線が引かれているのでそれを手がかりにして欲しい
  • 与えられるキットは1台、ただしその他の材料を使って改良してもかまわない
  • チームの成果評価はロボットがどれだけうまく仕事をこなしたか、別途定める点数で行う
  • 得点の高かった上位3チームには商品が贈呈される

とまぁ、とってつけたようなシチュエーション設定に誰もが苦笑いするような課題だったのだが、ほとんどの人がMindstormを知らない状況からのスタートにも関わらず期限は1週間。他の授業の宿題も容赦なく出ているので与えられた時間を考えれば結構タフな課題だし、笑っている暇は無い。初日から深夜に渡って議論、開発に取り組んだのであった。(つづく)

2007年1月11日 (木)

Coopetition

授業の一環でおもしろいエクササイズがあったので紹介しよう。
とは言っても、何か特別に高度なことや複雑なことをやったわけではない。単に「ルールに則って、ラインの外からかごにピンポン球を入れる。得点をなるべく多く取る」それだけのゲームだ。

6~7人1組で10チームに分かれてこのゲームをやることが告げられてルールを記した紙が配られた。口頭でも簡単に説明されたルールはだいたい次の通りだ。

  • ラインの外からピンポン球を投げてバスケットの中に入った玉の数が点数になる。
  • 1回以上バウンドしてからバスケットの中で静止しなければならない。
  • チームは投げる人と、投げる人に球を渡す人に分かれなければならない。
  • 球を渡す人がバスケットに球を入れてはいけない。
  • 毎回投げる人と球を渡す人は交代しなければならない。
  • 全チームが20球全てを入れ終わったら、球を再利用して入れ始めてもかまわない。
  • 再利用した球は全て重複して得点となる。
  • ゲームは6回行う。1ゲーム制限時間は2分、インターバルは2分。
  • 成績は取得した点数で評価する。

最初は各チームが競いあっていたのだが、途中からとあることをきっかけに、面白いことが起こった。
一つはルールに書いてないことは、何をしても良いと誰かが気づいて改良し続けたこと。つまり大きな紙を使って漏斗のようなものを作ったり、バウンドさせるのは床じゃなくても良いことなどだ。それを各チームが真似して改良することで得点がどんどん伸びた。

もう一つは、チーム同士で協力し合ったこと。ルールにあるとおり、全チームがバスケットにボールを入れられれば、もう一度バスケットを空にして得点を増やせる。そのために共通のルールを作ってスムースに事が運ぶように工夫を重ねる。時間短縮のアイデアを共有する。最終的には全体の代表者まで選ばれて全体を管理した。そう、コミュニティーが形成されていったのだ。

その結果どんどんお互いの点数を伸ばしていくことができて、最終的には最初の点数と比べて6倍以上の点数が得られるようになった。

なぜそんなことが起こるかというと、成績は順位による相対評価じゃなくて点数による絶対評価であったことが大きい。
だからこそ、各チームが独自性を発揮しながらも共有できる知識は共有して、全体の利益を増やしていくという流れに自然になったのだ。

競争関係(Competition)の中にあっても、目的が一緒であれば協力関係(Cooperation)を築くことのメリット、それがCoopetitionと言う考え方の基礎にある。世の中そんなに単純ではないことも確かだけれども、間違いなくクラスメート全員がその威力を感じていたことは確かだ。
最後にはウィンウィン(Win-Win)の関係をいかに築くか、MITは常にそれを考えている事を覚えていて欲しいという言葉で締めくくられた。

そしてこれが、その後1週間続くグループワークに大きな影響を与えたのだった(つづく)

2007年1月 8日 (月)

パパママ準備教育プログラム

今日は朝から妻が出産する予定の病院までセミナーを2人で受けに行ってきた。
おそらく日本でも同じような講習が受けられるんだろうけれども、いきなりグループディスカッションで始まることは無いだろう。
まずはいきなり数カップル毎のグループで出産の善し悪し、不安などを話し合った。
その後で、すごく早口な講師のおばさんが様々な説明をしてくれたけど、自分は専門用語が半分くらいしかわからないし、妻はスピードについていけないしで、結局二人で補い合っても半分くらいしかわからなかった。妻は最後の一時間、「脳みそ沸いてた」らしく寝てしまった・・・。それでも施設の見学もあったし、今月半ばからヘルプに来てくれるお義母さんの助けがあれば、何とかなるだろうと言う感触はつかめた。

日本と違うんだろうなと感じたのは

  • セミナーで通常分娩と帝王切開の生々しいビデオを見せられる。
  • 医者は判断材料を告げるだけで、分娩方法も含めた重要事項は全て自分で決める。間違っても彼らが「○○を選びましたからね」などとは言わない。
  • 陣痛の合間に暖めてリラックスするために風呂に入る。分娩室にはバスタブが用意されていた。
  • 子供用カーシートを持って来ないと退院させてくれない。
  • 34週未満または2500g以下の子供はカーシートにフィットすることが確認できなければ退院させてくれない。フィットしない場合は特別なカーシートがレンタルか購入できる。
  • 入院は保険にもよるが、通常分娩で48時間、帝王切開で96時間しかできない。延長料金は不明だがバカ高いらしい・・・。
  • 出産後、子供に異常が無いことが確認できたらすぐに母親の元に戻され、退院までほぼずっと一緒にいることになる。

2月までには全て終わっているのだろうけれども、期待と不安が交錯するセミナーだった。

夕方からは、グループワークのために学校へ。この土日はみんな休まずに朝から夜中までグループワークにいそしんでいるのでちょっと申し訳なかったが、チームメイトも全員父親なのもあってか、「グループワークなんかより大事な用事なんだから気にするな」と言ってくれてとてもうれしかった。

もっとも「で、そのうち授業中に電話を受けて教室を飛び出していく姿が見られるのを楽しみにしているよ」との言葉にはさすがに笑ってしまったけれど。

でもそのときは多分そうなるんだろうな。

2007年1月 6日 (土)

アメリカの台所

20070106_1 アメリカの家庭料理と言えば、七面鳥の丸焼きなどのオーブン料理を思い浮かべる人も多いんじゃないかと思う。スーパーでもそのままオーブンに入れられるように調理された七面鳥や鶏を丸ごと売っている。本当にばかでかくてぎょっとするのだけれども、台所もそれに負けないくらい十分に広い。

ボストンのアパートにはだいたい電子レンジとオーブンと食器洗浄機が備え付けられている。ただその備え付け方が日本とは違っていて、写真のようになっていることが多い。まずはそのオーブン。ばかでかい黒い扉の中がオーブンで七面鳥が丸々はいる大きさだ。調理コンロは我が家はガスじゃなくて電熱線なのだが、オーブンの上に乗っている。スイッチは子供が触らないようにか奥に付いている(妻は遠くて不便だとこぼすけれど)。そして電子レンジはなぜかコンロの上に取り付けられていて下に小さな煙の吸気口が付いている。

さて、ここで問題です。換気扇の排気口はどこにあるでしょうか。

日本の家なら煙は当然家の外に出て行く事になるのだが、排気口は実はこの写真の中にある。そう、電子レンジの上にあるスリットから家の中に、しかも台所に出てくるのだ。つまり電子レンジの下から吸い込んだ煙は何かしらの交換できない程度のちょっとしたフィルターを通って電子レンジの前面上側から出てくるのだ。魚を焼くのはやめた方がいいとは聞いていたけれどもこれには驚いた。妻は驚きを通り越してしばらく呆然としていた。バスルームの換気扇は部屋の外につながっているだけになおさら疑問だ。

で、これで料理するとどうなるか。
当然煙たいし匂いも部屋中に充満する。オーブンで鶏肉を焼いてみたところ煙がもわっと出てきて火災報知器が鳴る始末。寒い季節の中リビングの窓を開けて料理する羽目になった。まさかみんなこんな不便なことをやっている訳でもあるまいと、ネットでアメリカ在住の日本人がどうしているか調べてみた。

「火災報知器をビニール袋で覆って料理しています」
「窓を開けざるを得ません」

心の底からがっかりしました。
いったいアメリカ人はどうやって料理しているのか聞いてみたいくらいだ。
と思っていたら、妻が言うには昼前と夕方は火災報知器の音が聞こえてくる事も度々らしい。
日本から輸送中の「煙90%カット魚焼き機」の到着が待ち遠しい。

ちなみに食洗機はちょっと写真に写っているけれどもオーブンと同じ大きさだ。2人でご飯を終えると鍋やフライパンまで一緒に洗える。問題は油汚れはよく落ちてもご飯を食べた茶碗は汚れが落ちないことだが、それは仕方がないと考えて茶碗だけ手で洗っている。

しかし台所の驚きはそれだけでは無かった・・・・・(つづく)

2007年1月 5日 (金)

IAP is the Boot Camp!

20070104_1
よく知られていることだけど、アメリカの大学は9月から始まるのが一般的だ。SDMは様々なコースがあるMITの中でも変わったプログラムで、1月から始まる。
もし今後SDMに入ることになった人がいたら是非連絡して欲しい。1月から始まることで様々な手続きが非常にイレギュラーなために、普通ならしなくても良い苦労を多少は減らせるアドバイスができると思うので。

さて、話がそれたが、1月から始まる理由がようやくわかってきた。

一般的には1月はちょうど秋学期と春学期の谷間で、IAPと呼ばれるコースが開催される時期だ。IAPはIndependent Activities Periodの略で、単位にならなくとも飛行機のシミュレーターを操縦や、芸術の授業があったりと楽しめるコースが多く用意されているようだ。

しかしSDMプログラムにはそんなことは関係ない。1月はBoot Campと呼ばれる一年間で一番タフな時期として、一ヶ月間朝9時から夕方までびっしりと授業が設定されている。さらに日によって変わるけれども4時~6時以降はデザインチャレンジと呼ばれるグループでの設計作業がエンドレスで組まれていて、最適化を始めるときりがない。さらにさらに授業の宿題も容赦なく出始めているので、入念に時間管理をしても、ほとんどの人がなかなか寝られない日が続くことになるらしい。最初の2日で既にそれが脅しでは無いことが理解できている状況に置かれている。

ではなぜ1月にいきなりそんなタフな期間を設けるのか。その答えは学生の参加形態にある。1月は60人全員がキャンパスに毎日通っているが、実は13ヶ月通い続けるコースを選んでいる人は全体の三分の一しかいない。残りの三分の二の人たちは遠隔授業か週3日通う24ヶ月コースの学生だ。そのために皆がバラバラになる2月からの春学期に向けて、この1ヶ月は同級生がどういった人間かを知るための期間なのだ。今後1年から2年の間、授業やグループワークを友にする仲間たちの特徴を十分に知っておくことはとても重要な事として明言されている。2月以降も、3ヶ月に1回は全員がキャンパスに1週間滞在する期間を設けている。

顔を合わせてのコミュニケーションが重要なのは日本でもアメリカでも同じなのだ。コミュニケーションは当然のこととしている日本人よりも、その機会を重要視して陽にプログラムに組み込んでいるアメリカの方が実は人と人とのつながりを大事にしているのではないかという気になってくる。その答えを出すためにはもう少し時間が必要だけれども。

今日の写真はMITのシンボルとも言えるKillian Court(夏バージョンです)。午後一にここでクラス写真を撮った。異常とも言えるほどに暖かい日差しを浴びて、皆でわいわいと笑ってリラックスできてとても気持ちが良かった。近いうちにSDMのトップページに載ると思うので見てもらえると幸いです。

2007年1月 4日 (木)

プログラムスタート!

20070103_1_1
今日からいよいよ2007年度のSystem Design and Management (SDM) Programがスタートした。
僕が入学したこのSDM Programはフルタイムで通えば13ヶ月で修士号が取れる非常にハードなコースだ。そのため15ヶ月、18ヶ月に伸ばして通う人も多いらしい。また、仕事を続けながらでも通えるように週3回通学する24ヶ月のコースと、インターネットを介して授業を受ける遠隔での24ヶ月コースも用意されている。

なぜこのようなプログラムになっているかというと、このコースが完全に社会人を対象としたコースだからだ。応募規定にも以下の文言が含まれている。意訳すると

  • 工学もしくは自然科学の学士号と5年以上の工学専門家としての経験
  • 工学もしくは同等の修士号と3年以上の工学専門家としての経験

 以上のいずれかを有していなければならない。
 さらに、

  • 製品やシステムの開発を主導するのに貢献した経験
  • グループもしくはチームのリーダーとして何らかの責任を有した経験

 を持っていることが望ましい

その結果、平均年齢は30歳を超え、平均勤務年数は10年を超えている。今日集まった学生の顔ぶれを見ても明らかに自分が若い層に入るのがわかる。

さて、今日は初日と言うこともあって丸一日が自己紹介に費やされた。(夕食の後は既に最初のグループワークがエンドレスで始まったのだが・・・)一人3分ずつ自己紹介のプレゼンテーションを60人全員が行ったのだが、みんな流暢におもしろいプレゼンテーションをするのでちょっと圧倒されてしまった。印象に残っていることを挙げるとすれば

  • SDMを志望した理由としてMBAには無い、エンジニアリングとマネジメント、経営のバランスが魅力だと感じている人が多い
  • ソフトウェアもしくは電気工学の専門家としての経験を持つ人が5割以上と多い
  • 出身国はアメリカが5割、中東とアジアで4割、その他が1割と言う印象
  • ほぼ全員が
    • アメリカの大学か企業に在籍した経験を持つ
    • MITに在籍できることを誇りに思っている
    • 既に家庭を持っている
    • スポーツと旅行好き

・・・特にこれから何かが見えてくるわけでも無いのだけれど、多様かつ多くの経験を持つエンジニアであるクラスメートと一年間一緒に勉強できることは非常に幸せだと感じているし、自分も彼らのためにできるだけの知識と経験を提供したいと、気が引き締まる一日だった。

最後に、今日一番印象に残ったディレクターの言葉を。
"You are very small fish in a big pond. All of you are very very small fish. You will be a little bigger at the end of this January."

さて、この1ヶ月で僕はどこまで大きくなることができるだろうか。
次回はこの、Boot Campと呼ばれる1月のプログラムを紹介します。

2007年1月 3日 (水)

2 Bed room 2 Bath room

20070102_1 堅い話題のあとにはちょっとリラックスした話題を。

ボストンはアメリカの中でも住宅事情がニューヨークと並んで最悪と称されるところだけあって良い物件は非常に家賃が高い。ポスドクや研究員で大学にいる友人の家を訪ねても一人暮らしで家賃が$1000を超えるアパートに住んでいる人が多い。もちろん日本のアパートと比べるとかなり広いのだけれど、ボストンではこの価格では決して高級アパートの部類には入らない。

僕もボストンでの生活を始めるにあたって、いくつか物件を実際に見て回って決めたのだけれど、値段よりも、日本のマンションと設計思想が違うことが多くて驚きの連続だった。その中で一番最初に驚いたのが"2 Bed room 2 Bath room"という構成だ。

ボストンだけがそうなのか、はたまた紹介してくれた不動産屋だけがそうなのかわからないけれども、日本でおなじみの2DKとか4LDKなどという表現はしない。なぜかBed roomの数で表現されるのだ。ダイニングは無いこともあるけれど、リビングとキッチンは基本として、それにベッドルームがいくつ付いているかということらしい。

驚いたのは、図にあるように、基本的にベッドルームの数とバスルームの数が同じということだ。間取りはこれと少し違うが、我が家もその例に漏れずバスルームは2つある。考え方としては、ベッドルームが2つある場合はマスター用とゲスト用なのでバスルームもそれぞれ付いているようだ。そして、そのせいか、ゲスト用の方はバスタブが付いていない場合が多いようだ。でも、それくらいのものならシェアすればいいじゃないかと思う日本人の考え方はどうもアメリカ人には理解されないようである。地価の高いボストンでは2 Bed room 1 Bath roomの部屋がある物件もあったけれど、新築1年半経ってもだれも入居していないと言うことだった。

そういうわけで、我が家のゲスト用バスルームは本来の用途で使われることなく、物置のようになっていたりする。

2007年1月 2日 (火)

Systems Engineering

20060102_1_1

システムズ・エンジニアリングの教育プログラムについて語る前に、システムズ・エンジニアリングという学問とシステムエンジニアとはどういう立場の人かを簡単に説明しておかなければ話が始まらない。なぜなら日本と欧米では一般的に持たれているイメージが大きく異なるからだ。

日本ではシステムエンジニアというと情報システムの開発担当者をイメージする人も多いかもしれないけれど、欧米ではハードウェアであれソフトウェアであれ、何かしらのシステムを開発する人のことを指すのが一般的だ。例えば、飛行機、航空管制システム、オンライン座席予約システム、どのようなシステムをとっても、その全体を見据えて開発を進める役割を担う人のことを指す。なぜ日本でそのような偏ったイメージが着いてしまったのかはわからないが、ソフトウェアの開発者がその役割の有効性を特段に認めて浸透させたからかもしれない。

そして、このシステム開発をうまく進めるための学問がシステムズ・エンジニアリングだ。システムズ・エンジニアリングの定義については様々あるが、僕の理解している範囲内で誤解を恐れずに極言すると「お客さんが喜んで買う物を、早く安く楽して作るための学問」なのだ。

つまり、お客さんが何を実現したがっているかを理解して、それを可能とする解決策の中から、金額、納期、運用性などのバランスがとれたシステムをいかにスムースに開発するかを考えることだと思っている。

もちろん、システムズ・エンジニアリングは万能のレシピでもなく、問題解決のための特効薬でもない。システムズ・エンジニアリングさえあれば素人でも良いシステム開発ができるわけではなく、成功経験豊富なエンジニア集団に勝るものはないことは確かだ。それでも短い人生の中でその経験を全員が全てなぞることは到底不可能なのだ。であれば何とか失敗経験を含めた豊富な経験のうちの少しでも一般化して共有したい。そうすれば経験が少ないエンジニアであっても、自分たちの取り組んでいるシステム開発が何をやってきて、あと何をすれば完成すると想定されるか、その中で自分の役割は何かということが理解しやすくなる。そして、システム開発に関わる全てのエンジニアがそれを共有し、同じ言葉を同じ意味で使うことでコミュニケーションが非常にスムースになってチーム開発の質が上がることが期待できる。そこにシステムズ・エンジニアリングの限界と無限の可能性があると僕は信じている。

この「限界と無限の可能性」という一見矛盾する表現の意図するところは、また改めて書くことにして、システムズ・エンジニアリングに興味を持ってくださった人はまずは以下のブログを訪問されることをお勧めする。
システムズ・エンジニアリングはシステムエンジニアだけが理解してればいいものではなくて、システム開発に関わるエンジニア全員が理解して欲しいし、エンジニアでなくとも何か大きなことを成し遂げようとするときにはきっと役に立つはずだから。

《エンジニア向け》
最新システムエンジニアリング情報館

《一般&エンジニア向け》
マツドサイエンティスト・研究日誌(カテゴリ:システム・エンジニアリング)

どちらも日本語でシステムズ・エンジニアリングに触れられる貴重なサイトだ。

2007年1月 1日 (月)

Ready!!

あけましておめでとうございます。

アメリカで学生としての生活を送ることになるこの2007年、やっっと1月3日の授業開始にむけて準備が整ってきました。
公私ともに劇的な一年になること間違いなしの2007年始まりのこの日に、SDM Chronicleいよいよオープンします!

日本でもSystems EngineeringとEngineering Managementという言葉は少しは聞く機会が増えたと感じているのですが、なぜか日本の学校では教えてくれないこの分野の教育について、アメリカの最高峰の教育現場から日々レポートしていきます。

このブログはこんなことを書こうと思って作りました。

  • MITでの社会人向けSystems Engineering (SE)教育プログラムの最先端をレポートする
  • MIT/Bostonで奮闘する日本人家族生活をレポートする
  • 個人的な日常の雑多な出来事や思うところをレポートする

今のところ、こんな人に読んでもらうことを想定しています。

  • 主に製造業を対象としたSEに興味がある方
  • SEの教育(特に社会人教育)に興味がある方
  • 航空宇宙分野での仕事に興味がある方
  • アメリカへの留学に興味がある方
  • 筆者の近況に興味がある方

このブログを楽しいものにするためにも、記事へのコメント、トラックバックはもちろん、個人的なメールも大歓迎ですのでどしどしお寄せください。

次回からはSDMの紹介と、なぜこの講座に入ったか、その他、個人的に考えていることを時間のある限りお伝えしていきたいと思います。

お楽しみに!!

トップページ | 2007年2月 »