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2007年2月28日 (水)

Going out!

20070227_1 まだ生後1ヶ月も経っていないけれども、土曜日は出産後初めての本格的なお出かけ。
日本であればお宮参りが初の外出となるんだろうけれども、こちらでは生後3日目と2週間とで病院に連れて行くし娘は義母の経験からするとかなりたくましいようなのでボストンの中心街まで一日のお出かけに連れ出した。
妻も病院とスーパー以外へのお出かけは出産後初めてだし、心なしかうきうきしている模様。
最高気温が零度くらいの結構寒い日だったのでぐずらないか心配だったけれどもベビーカーに乗せて動いているときは不思議なくらいずっと寝ていた。逆に止まっていると面白くないのかぐずり出す。うーん、なんかどっかで聞いたような話・・・。

お昼ご飯はフードコートだったので、娘は初めて体験する広さと明るさとにぎやかさで、ちょっとびっくりしていたけれども家にいるときからは考えられないくらい行儀が良かった。・・・これもどこかで聞いたような話。

ボストンの歩道は歴史があるからだかどうかは知らないけれど、煉瓦敷きが多い上に基本的に舗装が悪いのでベビーカーはがたがた言いっぱなし。それでもこちらのベビーカーは車輪が大きいので問題なし。やっぱりデザインにはそれなりの理由があるんだなと納得。
それでも困ったのは地下鉄の乗り換えなどで、エレベーターやエスカレーターが近くに無かったりしてかなり不便だったことと、グリーンラインの電車は構造上、日本のバスみたいに2段くらい階段を上がらないと乗れなかったこと。子連れで動く大変さを初めて思い知ったのでした。

そして日曜日はあと10日で帰国する義母のお礼に近所のシーフードレストランへ。アメリカでの出産は本当に義母の助けが無ければどうなっていたかわからない。その感謝の気持ちを込めて、今日ばかりはロブスターなどの魚介を中心に、おいしい料理を堪能してもらった。ついでに妻も生牡蠣を一年ぶりに解禁して堪能。
アメリカという不慣れな土地だということもあったけれども、今振り返ってみると夫婦二人だけで出産を乗り切るのは難しかっただろうし、自分も学生としても1月を乗り切れたかどうかは疑わしいなとしみじみ思う。
来て欲しいと言ったわけではなかったし、何も言わずにただ単に来てくれたのだけれども、義母は心配だったんだろうし初めからわかっていたんだろうなと、心から感謝。

で、当の本人はやっぱり幼児用カーシートの中で、お食事中も含めて家に着くまでずっとぐっすりお休みなのでした。
そう、なぜか家に着くまでは・・・・。

2007年2月24日 (土)

Dental Clinic

20070223_1 日本では昔からよくお世話になっていたけれどもアメリカでは行きたくなかったところに早くも行ってしまった。

その名は歯医者。

アメリカでは公共の医療保険の存在しないのだが、マサチューセッツ州では学生になるにも定職に就くにもアメリカの医療保険に入らなければならないと州法で決まっている。なので日本の健康保険はもちろん、海外旅行用の保険でもだめなはず。
というわけで、僕はMITの学生医療保険に入っているのだがなんとこの保険では歯医者の費用はカバーされない。妊娠がわかっていても出産費用はカバーしてくれたのは非常に助かったのだが、虫歯になりやすい僕としては困りものな保険なのだ。

どうもアメリカでは全般的に歯科料金が高いらしく、一般医療とは別契約になっていることが多いようだ。それでもアメリカ人は日本を遙かにしのぐほど歯にうるさいらしい。笑顔のときに人に与える印象が良いことと健康な歯は一生の財産という考え方から、小さな頃から矯正、フッ素塗布、定期的なクリーニングとホワイトニングなどを徹底的にやるらしい。

そう言えばアメリカ人のクラスメートは皆歯並びがきれいなのも気のせいではないようだ。

ということで前置きが長くなったけれども、アメリカに来る前には日本で些細な虫歯も全部治してきて、こちらでもフロスも含めてしっかりとケアをしていたのだけれども、フロスをかけているときに引っかかって歯の詰め物が取れてしまった。寿命だったのかすき間から虫歯ができたのかわからないけれども、何とも皮肉な結果である。

MITの歯医者は非常に安いらしいけれど、オリエンテーションの時にメディカルの事務責任者に「歯を引っこ抜く以外は来ない方がいい」と言われたし、知人には「誰か、抜きに行ったら折られて大変なことになったって言ってた気が」なんて言っていたので、できれば完全にコミュニケーションできて手先が器用と思われる日本人の医者にかかるのが賢明だと考えていた。歯の治療は散髪とは違うのだ。

日本人が多いボストンにはちゃんと日本人歯科医が何人かいるのでさっそく当たってみたけれど、あいにく緊急で見てもらえる医者がいなかったので、日本人歯科医の同僚という人におそるおそる見てもらいに行った。

普通に麻酔を打ってレントゲン撮って少し削って詰め物して、終わってみればかなり丁寧でレベルの高い処置をしてもらえたし、いわゆる「銀歯」ではなく日本では保険が効かないリジンという白い詰め物でやってもらえたので、$300取られても少しはあきらめがついた(相場がわかんないけど)。
最も、銀歯を全部白く変えて欲しかったらいつでもおいでと言われたけれどそれはさすがにやってられないので丁重にお断りしておいた。

というわけで、アメリカ人歯科医による$300の奥歯は銀歯の間で不自然に白く輝いているのでした。

2007年2月23日 (金)

授業 System Architecture (Vol.4)

20070222_1 前回はシステム/製品に価値を与えるシステムも含めたWhole Product Systemについて述べたけれども、今回はさらに視野を広げてUse Contextについて考えてみたい。
Whole Product Systemに含まれるSupporting Systemがシステムに価値を生じさせるための物であるのに対して、Use Contextに含まれる物はシステム/製品が使われる環境に存在すれば何でも良い。そしてそれらはシステムと何らかの関係を持っていて、インターフェースが定義できる物であるはずなのだ。そして実はシステムがどういう機能を持っているかは、システムとその外部の物との関係を理解することで把握できるのだ。
つまり、システムは外部の物に何かしらの影響を与える、もしくは受けることで目的を達成しているはずで、システムの内部で完結していて外界との関係が全くないものはなくても同じ、何ら価値を生み出していないと言えるだろう。

少し話をふくらますと、単にContextと言う場合にはシステムがどういう状態に有ることを想定しているかを明確にした方がいい。なぜならUse Contextはシステムが利用される状況にあることを前提としているが、システムは製造、試験、展開(移動、配備)、入れ替え、廃棄など色々な状況に置かれる。そしてそれぞれの状況下でシステムと関係する物は違って当たり前だからだ。
というわけで、システム開発においては極初期段階のうちに、設計から廃棄までの全段階におけるContext、特にUse Contextについては十分に検討しておく必要がある。

これは当たり前のように見えて、実際のシステム設計の初期段階では十分に検討されない場合が少なからずあるというのが僕の経験上の意見だ。
システムが何を解決したいか、何に対して貢献したいかよりも、開発する物にとらわれてしまうというのがエンジニアにありがちなパターンではないだろうか。(この極限状態がいわゆる「箱物主義」だと思う)
つまり、思い描いているシステムの構成や機能の細分化に注力する一方で、そのシステムがどういう状況で使われて何からどういう影響を受けることに留意すべきか、何に機能や価値を提供するべきであるかが十分に考えられていないケース、身に覚えがある人は多いのではないだろうか。

写真は防塵防水設計のカメラ、Olympus μ720SW

2007年2月21日 (水)

Salty Water hole

20070220_1 今日は久々に気温が零度を上回ってニットキャップが要らない陽気。
固まっていた雪が徐々に溶け出したのはいいのだけれど、排水溝の上の雪はまだしっかり凍ったままなのでそこら中水たまりだらけ。
そして、これまでもさんざん文句を言っていた融雪剤を大量に含んでいるから帰ってきたら乾いた靴がこんな感じに。
拭いたらきれいになったけれど、多分春が来るまで続くんだろうな。

2007年2月20日 (火)

SE Symposium in Singapore

20070219_1 3月23日、24日にシンガポールでAsia-Pacific Systems Engineering Conference 2007が開催されるのでお知らせ。
これまでにアジアで大規模なSEの国際会議が開かれたという話を聞かないし、興味が有るところなのだけれども、カンファレンスの内容が全く開示されていないのでもう少し遠目から注目。
ただどうもシンガポール政府と軍主導の気配がするので参加した方がいいですよと言い切れないのが歯がゆい。

それにしても、韓国、台湾、中国、シンガポールと21世紀になってからSEに対して政府主導で注力しているのは注目に値するところ。気がついたらINCOSEにも上記全ての国の支部があっという間にできてしまっている。イランとインドも支部設立に向けて活動中なようなので時間の問題だろう。SE普及の取り組みについては、日本はアジアの中で確実に遅れを取りつつあるのが残念だ。

結局日本の強みと弱みというのは1980年代の日本が世界一と言われた頃と変わらないのだろうか。などと考えていたらまだ手にはいるんですねこの本

日本が戦略とビジョンで世界をリードできるように変わって行くためにSEが少しは役に立つと思うのだけれども、どうなんだろうか。
少なくとも現場の激務で支える技術立国という構図は変えられると思うのだけれども。

2007年2月18日 (日)

授業 Humanside of Leading Technology (Vol.3)

1月にも紹介したとおり、この授業では主に事例を扱いながら話が進むのだけれども、紹介された事例で面白いものを4つ紹介しよう。今日はその1つ目。ちょっと長いけれども簡単な話なので と読めると思う。

20070217_1時は1898年、軍艦からの砲撃は非常に命中精度が悪かった。アメリカ海軍の調査によると敵艦への命中率はたったの1.3%程度だったのだ。その主な原因としては動く船の上で上下方向と左右方向を調整して、動く船を狙うことは非常に難しかったことが挙げられる。
それでもアメリカ海軍は世界最高の命中率を誇り、スペイン海軍との戦いにも勝利を収めた直後であった。命中精度の低さは海での戦闘が複雑であることが原因だと考えられていた。

同じ頃、イギリス海軍のスコット提督はふとしたことで自分の艦の或る砲撃手が他に比べて命中率がはるかに高いことに気づいた。その理由を調べたところ、彼は船の揺れを上手く吸収して上下方向の照準を合わせていることがわかった。
そこで提督は自分の船の砲台に上下の角度方向を維持する機械と狙いを定めるための望遠鏡を取り付けた。

この新技術によって、スコット提督の艦は命中率がなんと30倍も改善されたのだ。

これはイギリス海軍の元々の命中精度がいかに悪かったかを物語っているが、スコット提督はなぜか海軍全体に広めることに興味を持たなかった。しかし南シナ海の警備についていた若いアメリカ海軍将校のシム大尉にこの新技術について教えたのだ。
衝撃を受けたシム大尉は、この技術によってもたらされる効果ともたらされる命中精度についてのデータを精力的に集めて本国ワシントンDCの海軍本部に詳細なレポートを送った。もちろん本国からは前向きな返答がすぐに来るものだと信じて。

しかし本部は彼の報告を単に無視した。
イギリス海軍の命中精度がいかに悪かったとはいえ、そんなに上手くいくはずがないとして信じなかったのだ。精度が悪いのは砲撃手の腕と訓練に問題があると信じられていた。そうでなくともアメリカ海軍は世界一、なぜそんなことを考えなければならないのか理解する者は誰1人いなかった。

これに怒ったシム大尉はさらに多くのデータを集め、さらに多くの幹部や関係者にレポートを送るようになっていった。そしてひたすら無視された。しかしシム大尉の行動はエスカレートして、この技術を無視する幹部への批判にあふれたレポートまでそこかしこに送られるようになり、海軍の中でも大きな問題となっていった。

とうとう海軍は、しぶりながらも彼の技術を実際に試験した。しかし試験機は艦上ではなく、船の揺れの影響を受けることのない陸地で行われ、当然のことながら現状の砲台との優位な差は認められるものではないという結果が得られた。
ここにきてシム大尉の立場は非常に危ういものになったのだ。軍のしきたりを無視した上に何の成果も得られなかったと判断された彼の行動は海軍の汚点となろうとしていた。

シム大尉は最後の賭に出た。
彼は最高権限者であるルーズベルト大統領にレポートを直接送ったのだ。軍の責任者としての経験を持っていた大統領は、驚いたことに彼のレポートを読み、この技術の可能性に気がついた。
そしてなんと、大統領は軍の慣習や手続きを全て無視してシム大尉に砲撃の訓練と全ての軍艦の照準改善を実行する職務に就かせたのだった。


さて、ハッピーエンドに見える話だけれどもシム大尉は非常に危ない橋を渡ったことは間違いない。ここから得られる教訓は何だろうか。僕の経験からすると、この話は決して昔の話として笑い飛ばせるものではなく、エンジニアとして行動するときに常々考えなければならない問題を含んでいる。僕が思うには・・・・

  • 人は危機が目の前に来ないと対策を取ろうとしないも傾向があること
  • 自分の目で確かめない限り信じようとはしない傾向があること
  • 面倒なことはできるだけ手軽に「やったことにしてしまう」傾向があること
  • 技術者の論理と管理者の論理は往々にして全く異なるのでお互いを理解しないこと

そう、シム大尉は本国にレポートを送ることだけを続けるだけではなく、できることならば責任者の誰かをスコット提督に会わせるべきだったのだ。
もっとも、当時アメリカからイギリスへ行くだけでも膨大な費用がかかるのは間違いないので非常に難しいことだったのかもしれないけれど。

Tweel!

20070216_2 一昨日の授業でちょっと驚きの技術を知ってしまったので紹介しよう。その名はTweel、なんと空気の要らないタイヤだ。既に去年には紹介されていたようだけれども、ミシュランが開発したこのタイヤは板状で弾力のあるスポークを放射状に入れることによって実現している。技術としては既に確立されていて乗り心地も一般的なタイヤに負けないくらいのレベルを達成しているらしい。パンクが無いというのは全く持ってすばらしい。これまで紹介されていたパンクしないタイヤはいかにして中の空気を維持するかを考えていた気がするが、それが難しいなら無くていいようにしてしまえと言う発想の転換だ。

紹介記事と写真はこちら。動画もYouTubeで紹介されているので一見の価値有りです。4輪バギーとか電動車いすも動いています。

製造コストがまだまだ高いので一般的に売られるにはもうちょっとかかるようだけれども、教授の話では、実はこのタイヤの商品開発に反対しているグループがあるらしい。

それが他ならぬミシュランの社員達なのだ。

確かに、この全てにおいて現状のタイヤを上回っているタイヤが開発されてしまえば、現状売られているタイヤは圧倒的に不利になる。タイヤビジネスの勢力図さえ変えてしまえそうなこの技術は、現状のタイヤで順調に商売を続けている人たちにはまさに恐怖であり、未知の世界へ突入することの不安と混乱の元なのだろう。

実はこれはミシュランだけの話ではなくて、新しい技術を得た大企業が陥りがちな問題であり、いつの時代においてもイノベーションが起こったときに直面するジレンマなのだ。この状況にミシュランがどう対応するか非常に楽しみなところ。

授業の名前はDisruptive Technology、Sloan Business School提供。音楽の分野でCDを過去の物にし始めているオンライン販売のように、現状のスタンダード技術/商品を”破滅させる”技術を製品に導入するときに、経済的、企業経営的、そして技術的にどう考えて行動すべきかを学ぶ授業だ。

この授業はまだ始まったばかりなので追々紹介する予定。お楽しみに。

2007年2月17日 (土)

Study Room at Student Center

20070216_1 今朝は朝からクラスメートと久々にZセンターでバスケットボール。3on3だったけれども途中からかなり体が動いたのとシュートタッチが良かったのでかなり楽しんでしまいました。後のクラスで相手チームだった1人が「奴はJapanese Jordanだった、すごかったぜ」なんて話してたけど、それはどう考えても言い過ぎ。

昼ご飯を取った後、授業までの1時間をどう過ごそうか困ったところ、MIT歴の長いクラスメートが、「じゃぁ、Student CenterにあるStudy Roomに行こう」と言いだした。Student Centerの5Fにあるこの部屋は僕も知らなかったし、SDMプログラムのクラスメートはあまり知らないようだ。

それでも僕が通った日本の国立大学では考えられないほどすばらしい設備だった(当たり前か)。写真の通り私語禁止の勉強部屋の他に、Breakout Roomと同じくらいのミーティングルームが6部屋くらいあって、予約不可の早い者勝ちで使えるらしい。別に管理者がいるわけでもないのにSDMの勉強エリアよりも整然としていたので、教室とSDMオフィスが離れているのでこれからはちょくちょく使いそうです。

ちなみに一緒に来た彼は、授業までぐっすりお休みでした・・・。

2007年2月16日 (金)

Home Lighting Mystery

20070215_2 欧米で生活したことのある人ならたいてい知っていることなんだけれども、賃貸アパートには天井に照明がついていないことが多い。ボストンでは探した物件全てがそうだったのでこちらでは一般的だと確信している。写真のとおり僕の部屋にもない。

 

誰が言ったか知らないけれども諸説によれば、

  • 白人は目の色素が薄いから黒い我々と比べて光をまぶしく感じるので家を暗くしたがる。
  • 電気がない頃のランプ生活から変わっていないだけ。

なんて言うことが言われているけれども本当かどうかはかなり怪しい。

で、とにかくどうするかというとみんなスタンド型のライトやランプを使っている。それでも間接照明のタイプが多いし、そもそもスタンドランプが照らせる範囲なんて限られているので、欧米人と比べて家を隅々まで明るくしたがる日本人の家庭は一部屋に2~3本もランプを立てている場合が多いようだ。我が家も同じなのだが日本から持ってきたステンドグラスの素敵なランプはインテリアになっても明かりを本格的に採るには能力不足だったので泣く泣く仕舞っている。さすがに一部屋に4つもランプがあるとわずらわしいのだ。

それでも家具屋に行けば天井からつるすタイプの照明はたくさん売っているしシャンデリアなんてものも存在するし一戸建てを建てる人は購入していくようなので、なぜ賃貸アパートにないのかは疑問なままだ。

もう一つ疑問なのは、売っている電球がほとんど白熱電球だということ。電気屋に行くと50W~150Wの電球は山ほど売っているのに、チューブ型やボール型も含めて蛍光灯はほとんど売っていないのだ。クラスメートのアメリカ人曰く「蛍光灯の色はオフィスっぽくてやなんだよね」と言うのだけれども、売る側からすると色を合わせるなんて難しくないはずなので問題は値段なのかもしれない。消費電力は何倍も違うのにさすが電気代が安いお国柄か。

ちなみに勉強机用の卓上ランプも白熱灯が主流で、蛍光灯ランプがなかなか無いのだけれども、IKEAで買ってきた蛍光灯の卓上ランプは光の色をしっかりと白熱灯っぽくオレンジにしてあった。これではかなわないので早速白い蛍光灯に買い換えたのでした。

Distance Learning

20070215_1 SDM ProgramとSloan Business schoolでは遠隔での授業参加を認めている。にもかかわらずその授業ができる教室は両者の校舎から見てキャンパスの逆端にあって片道10分以上歩かなければならないのは運動不足解消以外に適当な理由が見あたらない。

で、話を戻してそれがどういう感じで進むかというとこんな感じです(写真)。遠隔地にいる学生の顔を見るのがなぜ教授じゃなくて教室にいる学生かという疑問はあるけれども、教室の設備の制約のためだろう。
9カ所以上から接続されている場合は、遠隔地からの発言がある度にランダムに再配置されて見える人と見えない人が入れ替わる。

遠隔地から参加する人のタイムゾーンも場所もそれぞれなのだが、回線と設備の品質にばらつきがあることや、マイクのハウリングやエコーの問題もあって遠隔地の学生だけでなく教室にいる学生にも結構なストレスが発生したりしている。この10年でテレビ会議はかなり進歩したと思うけれどもまだまだストレスフリーな環境にはほど遠いようだ。なにより遠隔地からの学生からすると質問するタイミングがつかめなかったりクラスの状況がよく理解できない事が度々ある。教授もスクリーンには常に背を向けているから遠隔地の学生が手を挙げても気づかないし映っていない人はどうしようもない。

で、そう言う問題を少しでも解決しようとSDMのクラスメートはメールで議論して、今のところインスタントメッセンジャーを使うことにしている。MITはAOLのメッセンジャーAIMを標準と定めているので、TAのオンライン名も公表されていてAIMでの質問も受け付けてくれるのだ。
話を戻すと、僕たちはSDMのクラスメートが多く参加する主な授業で1~2人のオンキャンパス学生の代表者を決めた。そして遠隔地の学生は自分で教授の話を遮らずとも代表者に質問したいというメッセージを送れば、ポップアップに気づいた代表者が手を挙げるなり頃合いを見計らって質問があることを教授に知らせるという仕組みだ。

今のところ結構上手く機能していると思うのだけれども、実はSloanの授業ではエチケットとしてPCを使うことが禁止されている授業が多い。理由としては「教授はあなたがPCを使って何をしているか知っているから」(わかるかな?)という、まぁもっともな理由だ。PCで辞書を引きながらノートを取る事に慣れている僕としてはちょっと辛いけれども仕方ないと認めざるを得ない面もあるのは事実。テレビカメラの向こう側にいる学生(授業画面をPCで表示している学生を除く)にも禁止しているくらいだから、どうしようかと皆頭を悩ませている。

2007年2月15日 (木)

Happy Valentine!

20070214_3 今日授業を受けていたらいきなり10人くらいの学生がどやどやと教室に入ってきて、教授の許可を得て1人の学生を捜し始めた。残念ながらお目当ての人は遠隔配信されている別の教室にいたのだけれども、なんと授業ジャックしてカメラの前で愛の告白を始めてしまった。遠隔授業向けにカメラとディスプレイをコントロールしているクルーも気を利かせて教室にいる彼らと彼女をスクリーンに大写しにして場を盛り上げていた(普通は音声入力に対して自動で大写しになる)

全部で5分くらいの出来事だったけれども、彼は教授のマイクを借りてカメラの前に全員で陣取って、アカペラでメッセージを歌いきった。多分アカペラサークルと思われる彼らの歌は非常に上手かったこともあって皆で聞き惚れてしまったが、なかなかたいしたことをやるもんだなと感心してしまった。教授も仕方ないなという感じで認めていたが、全てが終わった後で「・・・・さて、この雰囲気からどうやって授業に戻るかねぇ」と困った様子でつぶやいて爆笑をかっていた。

そういえば今日はキャンパスで花束を持った男子学生をちょくちょく見かけるし、バレンタインデーなんだなと思い出させてくれたのでした。

我が家は夫婦共に非常に忙しい日々を送っているのであまり考えてなかったけれども、深夜に帰宅したとしても、少しは妻に感謝を表す時間を作るべきかなと思った出来事でした。

Sudden Snow!

20070214_21 除雪車の音で目が覚めた。そして起きて外を見渡すと一面の銀世界に変わっていた。最近はずっと降ってなかったし昨晩も帰ってくるときには単に寒いだけの夜だったので、ホントに一晩で10cmくらい積もってしまったのだ。久しぶりに。
日本では、関東以南で既に春一番が吹いたようだけれども、ボストンはしっかりはっきり冬が続いている。

道は凍ってはいないけれども、さすがに雪道に慣れない妻は運転できないので今日は娘の検診もキャンセルして僕だけが学校へ。もちろんこの程度の雪じゃ学校も休みにはなっていない。教室の外から除くと見事にそこら中が凍っていた・・・と思ったらやっぱり融雪剤で道は沼のようになっていて人の歩かないところだけがきれいだった。

20070214_22なかでも 凍ったチャールズ川に積もった雪はきれいだけれど、橋を渡る気にはなれなかったし、ましてや氷の上を歩いてみる気には到底なれない。間違いなく人生で一番寒い冬を過ごしているけれども、よく考えると住んでいる家は人生で一番暖かい。北国に来たんだなぁと変にしみじみしてしまったのでした。

 

20070214_23最後の写真はまるでLEGO MindStormキットで作ったかのような外見のコンパクトな除雪車。買うならこんな除雪車がいいなぁ。買わんけど。

2007年2月14日 (水)

授業 System Architecture (Vol.3)

20070214_1 アーキテクチャーを語るには機能にも目を向ける必要があるけれども、まずは物理的な観点からの考え方の整理を進めていきたい。

さて、前回は笛という極簡単なシステムを題材に、システムの要素分解について話したけれども、その要素全体からなるシステムとは何だろうか。それと製品(成果物、プロダクト)という言葉もあるけれどもそれとの違いは何だろうか。
これまた定義が山のように有るのだけれども、個人的に考える定義は次の通り。

  • システム:目的を達成するために複数の関係を持った要素が統合されたもの
  • 製品   :顧客のニーズを満たすために設計されたシステム

つまりシステムは何かを実行するための集合体であり、製品はシステムを意図した価値を生むという観点から注目した表現だと言えるだろう。もちろん構成要素だけで考えればシステムも製品も同じになることもある。

ここで笛というシステムに注目すると、それだけでは何も生産しないし価値は生まれないことがわかってもらえるだろうか。あくまでそれを使ってこそ価値が生まれるのだ。システムを取り巻いている価値を生むためのシステムを教授はSupporting Product System と定義している。

さらにシステム/製品とこれらのSupporting Product Systemを合わせたものをWhole Product Systemと呼んでいる。僕はこの言葉は非常に紛らわしいのであまり好きではないのだけれども、システムが意図した価値を生むために必要な外部要素を含めて、全体を定義する事にはシステム開発を成功させるための表現方法として十分に価値があると思う。

笛の場合、典型的なSupporting Product Systemは「オペレータ」と「空気」である。(空気は当たり前すぎて場合によっては要らないかもしれないけれども。)
カメラの場合は「オペレータ」、「被写体」、「可視化装置(プリンタ、モニタ、お店など)」などが考えられる。場合によっては機能を拡張するその他のSupporting Product Systemが考えられるけれどもそれはシステムの目的によって変わってくる。

もちろん、開発する側からするとSupporting Product Systemについてはそれがどういう物であるべきでシステムとどういう関係を持つかの説明責任はあっても、開発の責任を持たなくてはならない範囲はSystem(Product)だけと言える。

このWhole Product Systemと言う考え方によくマッチするのがiPodという製品ではないだろうか。iPod単体をシステム/製品として考えたときに、「iTunes」、「iTune Store」、「ユーザー」、「その他周辺機器」といったSupporting Product Systemが非常に充実している。

次回はWhole Product Systemをもう一段拡張したUse Contextについて語ろう。

2007年2月12日 (月)

Umbilical code

20070211_2 数日前に娘のへその緒が取れた。生後1週間程度なのでそんなものらしい。アメリカでは2cmくらい残してへその緒を切って、お菓子の袋を留めるようなクリップで先をつまんでおくのが一般的なようで、うちも多分に漏れずそうだった。で、結果的にアメリカで出産を経験した大勢の人が、そんなへその緒を見て同じような表現を残している。

はなくそ

娘には悪いけれど確かにそんな感じがしないでもない。
一方で出産時にもらったへその緒の先(本当はなんて言うんでしょうかね)は、親の適当なアドバイス通りに乾燥している洗面所に置いていたら完全に干物になった。

ということで、我が家では将来子供が喜ぶかどうかは全く気にせずにどちらも大事に取っておくことにしたのだけれども、当然こちらでは保管用の桐の箱なんて売っていないので、日本に帰るまでは乾燥剤入りのZiplocに入れておく予定だったりする。

2007年2月11日 (日)

Open Course Ware

20070211_1 今日はアメリカに来て初めて散髪に行って見事に失敗されたので落ち込んでいるのだが$15だったと言うことであきらめてMITの話を少し。

先日、確率統計の授業は資料がWEBで公開されていると書いたけれども、実はMITではその他にもたくさんの授業の資料が無料で公開されている。シラバス、授業のスライド、宿題と解答、参考書リストなど。
いつから始まったのかはわからないけれどもMITではOpen Course Wareと名うってWEB上で整理して公開している。

大学の方針としてできる限りの授業資料を外部に公開していくことを決めるときには大激論があったとは聞いているけれども、2006年11月現在で1550の授業の資料が公開されている事を考えると、メリットがあると感じている教員も多いと言うことなのだろう。
これはなかなかすごいことだと思う。実はこの考え方は僕がモットーにしている「一番多くを得る者は、一番多く与える者である」と言う考え方に非常にマッチしているので大賛成だ。

授業の資料を公開している、とある教授の話では初めはメリットがあるのか半信半疑で公開しだしたらしいのだが、そのうちに世界中から資料についての質問やコメントが送られてくるようになったそうだ。それによって自分の知識が増え、考え方に刺激を受け、授業の質が確実に向上していることを感じているという。

また全く別の見方をすると、いくら授業の資料を公開したところで他の教育機関に追い抜かれる事はないしMITで授業を受ける必要がないとかMITにお金を払って授業を受ける価値が下がることはないという絶対的な自信が無ければできることではないのだ。

と、褒めちぎってみたけれども、実は僕がSDMで取る予定の授業やシラバスを見て本当に面白そうだなと思う授業は、偶然かもしれないけれど、ほとんど公開されていないし、公開されている授業の資料も読んだだけではわからないように、おそらくは意図的になっている物が非常に多い。

それでも、教えられていることを多少なりとも知ることが無料でできるのだから、僕も時間ができたらじっくりと読んでみたいと思うSE関係の授業がいくつかあるので参考までに挙げてみよう。余談だが、同じ授業でも年度によっては担当教官が違う可能性があることに注意して欲しい。

どちらも担当は信頼性&ソフトウェア工学で有名なNancy Leveson教授。昨年のCritical Sowtware Workshopで来日されたときの講演は好評を得ていたようだ。NASAの長官や軍幹部に対してさえ歯に衣着せぬ発言をされている方のようだけれど、話した限りでは非常に理路整然としていながらも愉快な人だと思う。授業も取っている人の話では面白いとのこと。

担当はESDの現学長でもあるDaniel Hastings教授。コース名から惹かれるので。

担当の元宇宙飛行士のJeffrey Hoffman教授とは一度話したことがあるけれど、とてもすばらしい教育者だと思う。中身までは見てないけれどもさっと見る限り面白そうだ。

担当はOlivier de Weck教授。慶応のデザインスクールでも教えに来られている。間違いなくSEを専門とされる教授陣の中でも若くて非常に優秀な教授だ。

これはSEをちょっと知っているけれどもうちょっと勉強したいという方にお勧めかもしれない。

この授業は違う教授でこの春にコースを取る予定なのだが、確率統計を知らないと難しいかな。

これも日本で学んだことがないので興味のある分野。SDMではSloanの授業が2つまで履修できるので、秋に時間があればこれも履修できればいいなと思っている。


もちろんMITには僕の知らない面白い授業がたくさんあるはずだし、一年後にはお勧めリストも変わっているだろう。皆さんも興味と時間があれば是非訪れてみて欲しい。

Copy Tech

20070210_1 たいていの授業では指定の教科書が有るのだけれども、授業によってはそれ以外にも色々と読んでくるように指定されることがある。しかも色々な本のごく一部だけを読んでくるように言われるのだから全ての本を購入していてはたまらないし、かといって大学側としては違法なコピーが学生間ではびこるのを黙ってみているわけにはいかない。
ということなんだと思うのだけれど、MITでは教授が読ませたいところだけをコピーして綴じた"Course Pack"なるものが作成され、構内に数カ所ある"Copy Tech"なるところで売られている。MITはなんでもかんでもTechをつける風潮があるが特にハイテクでも何でもない。オンラインで申し込める事を除いては、単なるコピー本販売所である。

春学期に僕が取っているマーケティングの授業ではこれを購入するように求められているけれども、ジャーナル、雑誌、図書から抜粋された13の記事や章が掲載されている。
もちろん著作権と版権はあるので$48もしたし、中にはコピー1冊で$100を超えるものまである。

それでもすごく理にかなっているし良いシステムだなと感心したのでした。

2007年2月 9日 (金)

授業 System Architecture (Vol.2)

20070208_1 アーキテクチャーという言葉は非常に日本語にしにくい言葉だと思う。辞書を引くと、「構造, 構成, 設計, 体系(主に建築物)」とあるがどの訳語も和英辞典を調べると複数の英単語が見つかるし、普通はピンと来ないだろうし説明するのが難しい。
実は英語でも定義が難しい言葉の一つであって、定義は人によって様々なのだ。
本授業の教鞭を執るCrawly教授の定義でも複数の表現がある。
「システムの構成要素と、その要素間の関係を抽象的に表現したもの」
「概念を実装したもの、物理・情報に関わらず機能を構成要素に割り当てたもの、構成要素間および外部環境とのインターフェースを定義したもの」

どうしても抽象的になってしまうのだが、図解つきで解説している「最新システムエンジニアリング情報館」も参考にして欲しい。そして、実際の例で非常にわかりやすい図がCanonが提供しているカメラのシステムマップだ。ここにはまさに購入者が手にするカメラのシステムの構成要素と外部の要素間の関係、インターフェースがわかりやすく示されている。

さて、アーキテクチャーに馴染みが有ればこのシステムマップはEOS300Dのシステムの第一階層しか表していないことに気がつくだろう。つまりカメラのボディであれレンズであれ、複数の要素の組み合わせからなっており、その分解された要素も複数の要素の組み合わせ、とさらに分解することができる。この階層的な構成を教授はFormと呼んでいる。

ここで気をつけたいのは、上の図に有るような笛の構成要素は曲げた金属の板一枚という見方もできるが、それは笛というシステムを上手く表現できているだろうかということ。構成要素とはそのシステムの特徴や構成を表す要素であるので笛は「突起」「管」「傾斜路」「穴」「空隙壁(長細い笛なら単に管の場合もある)」などから構成されていると考えた方が上手く表現できているのではないだろうか。

それでもシステムを表現するには、これらをブロックで表したFormの図だけでは不十分だし、例え補足して十分にシステムを表現できたとしても、その外側にある要素との関係も考える必要がある。(つづく)


ちなみに僕の考えが正しい保証は無いので、間違いの指摘や質問等は大歓迎ですので気軽にお願いします。

2007年2月 7日 (水)

Classes of Jan. 2007

20070206_1 出産には多くの方々からお祝いをいただいています。本当にありがとうございます。
それでもこのブログが子育て日記にならないよう、久々にSDMの授業の話題に戻ります。

さて、気がついたら今日から春学期が始まっていて構内は学部生と思われる人たちであふれかえっているのだが、しばらくは1月を振り返っておきたい。今日はまず軽く1月の授業をSEの授業、その他のレクチャー、ホントにその他に分けてリストアップ。

もし興味がある科目があればどしどしコメントやメール等で問い合わせください。記憶が新しいうちにここで紹介していきたいと思います。

SEの授業
System Architecture (2.5H×7)
システムとは何か、その分析の仕方と考え方を学ぶクラス。グループワークの宿題がとにかくタフだったが面白いクラスだった。担当はProf. Ed Crawley

The Human Side of Leading Technology (3H×8)
既に2度紹介した、技術主導型の開発における人の振る舞いや技術と管理の関係について学ぶSloan Business School提供のクラスで、1月の中で一番新鮮で面白かった。担当はProf. Ralph Katz

Leadership (3H×2)

開発チームのリーダーは何を考えて何をしなければならないかをボストン市内と空港を結ぶ地下道路開発を例題に考える授業。正直言ってあまり面白くなかった。担当はProf. Jan Klein

Technology Leadership (7H×1)
ヨーロッパからの招待授業で一日コース。どちらかというとシステム設計の話が多く、良いデザインと悪いデザインの理由を解説するものがメイン。全く新規の技術&システム開発に取り組んでいるエンジニアは全体の6%しかおらず、残りは既存のものの組み合わせと改良がメイン。如何にして後者の部分を旨くやっていくかが企業にとってキーである事に皆共感。担当はProf. Guillermo Aguirre

Design Challange #1 (放課後×7)
既に紹介済みのロボットデザイン活動。詳細は割愛するがハードだった。

Design Challange #2 (放課後×10)
既に紹介済みのシステム設計活動。これまた割愛しますが#1以上にハードでした。

Probability & Statistics (3H×5)
確率統計の授業。半期分を1ヶ月で駆け抜ける特別授業。おそらくリスクベネフィット解析などの基礎知識になるはず。教材と宿題はWEBで公開されている。担当はProf. Jeremy Orloff



その他のレクチャー
Presentation Skills (1.5H×1)
プレゼンテーションの時の振る舞いや話し方、聴衆との間合いの取り方などを講義してくれた。担当はMs. Louise Cash. 元シンガー&パフォーマーという今回の講師陣の中でも異色の経験者にして適材。

Conflict Management (1.5H×1)
異なる考え方、文化、経験の人々とどうコミュニケーションを取って行くべきかの講義。退屈でした。担当はSDMの卒業生でもあるMs. Toni Robinson

Career Development (1H×1)
SDM卒業後を見据えた就職活動について。担当はSDMスタッフのMs. Helen Trimble. 企業のマネージャーを引退したかなりのお歳のおばさま

Resume Workshop (1H×1)

就職活動のための履歴書の書き方について。アメリカでは職に対して能力と経験がかなり厳密に求められるので、いかに端的に自分の経験と実績が職にマッチしているかを書く事を求められる。へ~。担当はMIT Careers Officeの担当者

Corporation & SDM - Oppotunities & Issues (2H×1)
SDMと企業の関係、主に卒業後の就職と人脈形成についての話。担当はSDM企業ディレクターのMr. John Grace.SDMはHead Directerの下に、企業と大学両方のディレクターを置いている。

SDM Program Options & Financial Structure (2H×1)
SDMプログラムは学生としての授業の受ける手段や卒業までの年数について非常に柔軟でバラエティに富んでいるので、その説明。担当はHead DirecterのProf. Pat Hale.

SDM Committees (0.5H×1)
SDMプログラムがどういう形で存在するか、学内と学外の関係についての説明。担当はHead DirecterのProf. Pat Hale.

 

その他はざっと簡単に。
Registration (1H×1)
春学期の授業登録手続きについて。自分が選んでいるSDMへの参加形態によって登録を求められる授業がことなるのと、SDM用にアレンジされたコースもあるので要注意。

Sloan Space Intro (1H×1)
SDMプログラムの学生がつかえるSloan Businness School提供のWEBシステムについての紹介。これが使えないと授業もまともに受けられない!

Distance learning Overview (1H×1)
遠隔授業で参加する方法についての説明。1カ所接続する地点を登録する毎に$800もかかるし、授業毎にお金がかかる。決して安くはない。

Distance Etiquette (1H×1)
遠隔授業で参加するときのエチケットについて。過去には顔がはみ出すように映っていたり、後ろで奥さんがずっと着替えをしていたなんて事もあるので要注意らしい(笑)

MIT Library Orientation (1.5H×1)
図書館の利用方法について。MIT図書館はWEB環境が充実しているが、やはり本で借りる事も多いようだ。問題は図書館がかなり散在していること。

MIT Medical Plan Review (1H×1)
ここ、マサチューセッツ州ではアメリカの医療保険がないと学生になれない。MITが提供する保険についての概説。なんと妊娠している状態で加入しても出産がカバーされる。かなり助かりました。

LFM-SDM Knowledge Review (7H×1 & 5H×1)
卒業する人たちがメインの研究プレゼン。参加は自由なので多くのクラスメートが参加したかと言われると疑問だが、僕は出産立ち会いで残念ながら不参加でした。


こうしてみるとホントに濃い一ヶ月だったなと実感するのでした。

2007年2月 4日 (日)

Delivery by husband

20070202_2 アメリカでの出産は大変でありつつも貴重な経験だった。

特に夫の立場として強く思う事が多かった。

聞きかじっていた日本の出産とは色々と違うんだろうなと思うことがあったのでそれをいくつか。


  • Midwife

こちらの病院にはMidwifeという肩書きの人がいる。日本で言う助産婦さんに似ているかもしれないけれども、日本で最近問題になっていたらしい助産婦さんよりも権限が有るようで、出産までのほとんどをMidfwifeが担当していた。医師じゃないとできないと言われたのは麻酔と吸引と帝王切開くらいだった(他にもあるんだろうけれど)。

  • インフォームド・コンセント

これは日本でも既に当たり前なのかもしれないけれど、無痛分娩のための脊髄麻酔と帝王切開の前にはMidwifeが、これをすることによって起こることとリスクを説明してくれて本人にサインさせる。その他薬を使うときなどには必ず本人に「こういう事をするけどOK?」とか「こういうオプションが有るけどどれがいい?」といちいち聞いてくるのでした。

  • Birthing Room

日本で言う分娩室だけれども、立ち会う家族が全員いられるようになっていた。立会人1人が寝られるソファーベッドとか、リラックスのためのCDプレーヤーまで置いてある。どちらも結局使わずじまいだったけれども。それからジャグジーつきのユニットバスがあって、陣痛を緩和するためにお湯につかる。これは妻もかなり陣痛が和らぐ効果が有ったと驚いていた。

  • 夫の役割

夫は分娩中忙しい。気分的に座ってみてられないと言うこともあるけれど、単に妻を励ますだけじゃなくてほとんどMidwifeの助手みたいなもんでした。何か重要な手伝いをするときにはお義母さんには部屋から出てもらうように言われたし全て夫の仕事のようだった。途中からは気にする暇も無かったけど、Midwifeと僕が妻の足を1本づつ持って分娩を手伝ったのは得難い経験かも。僕は妹が産まれたときには父親と病院の廊下で待っていたのを覚えているので余計にそう思った。

  • 帝王切開の立ち会い

なんと帝王切開まで通訳として立ち会ってしまった。麻酔の処置が終わってからだったけれども手術室用の服とシューカバー、マスク、帽子をかぶって手術室へ。妻も少しは不安が和らいだようだった。ちなみに、へその緒カットまでさせてもらってその瞬間の写真までMidwifeに撮ってもらってしまった。切った5cmくらいのへその緒ももらっておいた。「そんなの取っといてどうすんの?」と聞かれたので干して記念にするのが日本の習慣だと適当に答えておいたら不思議そうにしていた。へその緒は除菌して乾燥剤と一緒にしてあるけれど、だれかへその緒の乾かし方知りませんか

  • 出産後の身体検査

妻は術後の処置が有ったので娘の最初の身体検査は自分が同行した。体重と身長、体温、心拍数を測るのは良いとして、その後で目に滲みないための薬をどちゃっと入れて、いきなりジャブジャブとシャンプーで洗われてしまった。もちろん大泣き。日本だと最初の1週間は拭くだけと聞いていたのでこれにはかなりびっくりした。そのくせ「今は冬だし顔を除けば週に2回くらい拭けばいいよ」とのことで結構適当。

  • セキュリティ

赤ちゃんは身体検査が終わったら足と腕に名前と認識番号が入ったタグを巻く。母親と父親にも同じバンドが巻かれて、事ある毎にチェックされる。そして母親と子供には腕時計型の発信器(子供は足だけど)が取り付けられて、母と子が一緒でないと病院宿泊区画から出られないようになっている。宿泊部屋にも受信機とランプがあって、子供がそこにいるかどうかがわかるらしい。一番最初に僕が子供を妻の元に運ぶときには、職員の立ち会いが必要で職員カードでロックを解除してもらわなければならなかった。どうも連れ去り事件が後を絶たないお国柄のためらしい。それから父親だけでも連れ出せない。親権問題のこととかが有るんだろうけど、これもお国柄か?

  • 母子同室

4日間の滞在中、別室を希望しない限り常に母子同室。我が子は移動式のベビーベッドにちょこんと入れられて妻のベッドの脇に並んでいる。日本でのことは知らないけれど、妻はとても喜んでいる。

とまぁここまで書いてみて思うけれども、夫としても何とも貴重な体験をさせてもらった1日でした。
写真は手術室へ向かう前の僕、撮影妻。無痛分娩のなせる技?

Baby!

20070202_1ご報告します。

2月1日に子供が産まれましたっっ!3235g、51cmの女の子です。

Boot Camp終了のパーティから帰ってきて最後の宿題をやっていたら妻の 陣痛が始まって夜中に病院へ。無痛分娩とはいえ難産でかなり時間がかかった上に、最後は帝王切開と大変でしたが、お医者さんからは医学的にみて美しいと褒めてもらって一安心、健康で何にも問題ないみたい。
妻もアメリカに来てからの最重要ミッションの一つをなんとか無事に終えることができて疲労でぐったりしながらもほっとしているみたいだった。

幸い授業のない時に産まれてきたので全て立ち会うことができたのだけれど、出産って本当に大変だなーと実感したのでした。出産に立ち会った夫の方が誕生の瞬間が泣いちゃうと言う話を聞くけれども、その気持ちがわかる気がした。しかも言葉の半分通じないアメリカということもあって常に通訳してたし、絶対立ち会っておいて良かったなと思うのでした。

ちなみに、やりかけの宿題はグループワークの個人担当分を当日の昼に持ち寄るはずだったのだけれども、チームメイトは誕生後に写真をすぐ送ることと引き替えに快く僕の穴を埋めてくれたのでした。本当に感謝。
そして、グループワークも含めた自分のレポートは翌日の期限ぎりぎりにアップロードできたのでした。
これで本当に1月のプログラムは全て終了。春学期が始まるまでの数日は妻と子供の面倒を見るのに費やせそうです。

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