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2007年11月30日 (金)

Black Friday

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Black Mondayはアメリカで株価の暴落と共に恐慌が始まった日の呼び名として日本でも有名だけど、Black Fridayと呼ばれる日がある。僕は最近まで知らなかったのだが、先週の金曜日、つまりサンクスギビングの翌日を指す。"Black"と付くだけあって何かが暴落するイメージがある。そして確かに暴落する。しかし毎年この日に暴落するのは株価ではなくて店に並ぶ商品の値段なのだから、みんな大喜びだ。

どういう事かというと11月第4週の金曜日はクリスマスまでほぼ1ヶ月、サンクスギビングが節目と言わんばかりに一年を通して最大のバーゲン、クリスマスセールの火蓋が切って落とされる日なのだ。

いやいや、何を大げさなと思われるかもしれないがこの日は本当にすごい。まず、多くのショッピングモールが朝の4~6時から営業を開始する。場所によっては"Midnight Madness"と名打って夜中の12時から終夜営業する所もある。そして物の値段も2割3割引は当たり前、商品全部5割引とか、先着100名様に○○が80%OFF!6~10時まで全品60%OFF!なんてこともやるので買いたい物がある人が開店数時間前から店の前に長蛇の列を作るらしい。Black Fridayで画像検索してもらえればそのすごさが分かるはずだ。

そしてBlack Fridayという名前の由来は、実は小売店の多くがこの日の驚異的なセールスで黒字転換することが多いことから来ているらしく、ややこしいことにBlack Mondayにはかすりもしない。

さすがに忙しいクラスメートは「時間の方が惜しいから行かない」「寒い中深夜から並ぶほどの苦労をするならお金を出す」と冷ややかな人が大半だけど、世間はBlack Fridayに熱狂する。

実際、ボストンから車で1時間のところにあるWrentham Outletsまで夜中12時の開店に合わせて行った人は、店まで400mほどのところにあるハイウェイの出口から降りられず、2時間待っても降りられずに結局あきらめて帰ってきたらしい。なんでも夕方から既に駐車場に入って待っている人たちが沢山いるとのこと。ここはアウトレット向け商品ではなく、小売店と同じラインアップが普段でさえ2~3割引で売られているので人気が高いのだ。
噂では、この日、このモールをめがけてはるばるヨーロッパからも買い物客がやってくるらしいから侮れない。

もちろん僕は乳児連れでそんなイベントに参加できるわけもないので、激安時間が終わった土曜日の朝からWrentham Outletsに行ってきた。それでもクリスマスセールスが始まっているおかげで、どこも市価の半額くらいになっていた。午後からはかなり混雑して入場制限する店も出てくる始末。そんな中で妻は子供服や世話になった親族へのお土産に、僕は日本では買えない自分サイズの服や靴に夢中になって、昼には買った物を一度車に置きに戻らないといけないくらいしこたま買い込んでしまった。

明日からの一週間は最低気温の平均が-4度くらいと、徐々にボストンの冬らしくなってきたけれど、サブプライムローン問題もどこ吹く風で街はクリスマスに向けてさらに活気づきそうです。

2007年11月25日 (日)

Risk Triangle(その2)

20071123_1_2 スケジュールリスク、技術リスク、コストリスク、これらがお互い密接に関係していると言うことはどういう事かについて考えてみよう。

技術的な問題が発生すると(技術リスク)その問題に費やすコストが増加するのでコストリスクが高まるか、問題解決の時間が必要となってスケジュールリスクが高まる。これらのどちらかもしくは両方が起こることになる。

スケジュールに遅れが生じると(スケジュールリスク)人件費や保管費用を初めとしたコストが増加してコストリスクが高まる。逆にスケジュールを圧縮する必要が出てきたときには設計、試験、製造などの開発に当てる時間が削られるので技術リスクが高まる。

コストが予想以上にかかっているのに必要なリソースを増やすことができないと(コストリスク)これまた設計、試験、製造などが十分できないまま進めなければならなくなるので技術リスクが高まる。

前回説明しなかったが、さらにもう一つプログラムリスク(Programmatic Risk)と呼ばれるリスクがある。これはマーケティング、セールス、戦略などの非エンジニアリング的な視点から持ち込まれるもので、開発のみに集中した いエンジニアからすると非常にうっとうしいものだが決して忘れてはならない重要なものだ。

他社の新製品の動向や市場のニーズがプロジェクトの実行中に変わることは普通にある。他社が明らかに性能や使いやすさなどで上回る製品を出してきた場合や、何らかの大きな事故が起こって消費者が求める安全性や性能基準が急に変わってしまった場合には技術リスクが高くなる。
他社に勝つためなどの理由で、新製品の発売を前倒しするように求められたりしてスケジュールリスクも高まる。
会社の運営状況から予算が必要如何に関わらず限定されてしまう事もある。これでコストリスクが高まる。

つまり、実際はこのプログラムリスクを中心とした三角形のうち、どこかに問題が発生すると他の項目に必ず波及する。優れたプロジェクトマネージャーは、もちろん何とか工夫して問題そのものの解決を試みる のは当然としても、これらのうちのどこかにちゃんと余裕をみて開発を進めるか、問題が起こったときにはどこかに妥協点を見いだすことができるものだ。

そういうわけで、全てのリスク項目を締め付けてしまうと、どこにも逃げ場が無くなってしまって、結果的にリスク管理が非常に難しくなることが分かる。
3つのうち、一度に大きく改善できるのは1つ、せいぜい2つまでを選ぶのが正解なんだろう。3つ共を選んだ場合は、できれば努力目標が許される程度で、ほんの少しだけ改善するのが精一杯のはずだ。(もちろんプロジェクト差はある)

それでも本当に実行するのならば、革新的な実行プランが既にあって、旧来の仕事のやり方をがらっと変える事を厭わずに、しかもプロジェクトのメンバーやサプライチェーンに含まれる企業なども含めてそれに対応できるだけの能力がないと難しいことなのだと思う。

2007年11月24日 (土)

Risk Triangle(その1)

20071123_1 1992年当時、NASAの長官であったDan Goldin氏がこれからの宇宙開発を変革するスローガンとして提唱した有名な言葉、"Faster, Better, Cheaper(より早く、より良く、より安い)"は宇宙開発をかじっている人たちなら誰でも知っていると言っても過言ではない言葉だと思う。

その最大の理由は、当時非常にわかりやすくキャッチーなフレーズであった上に、良いことずくめになっていくというバラ色の未来を(現場から離れるほど)夢想させ、人々を熱狂させる事ができたからである。
もう1つの理由は、実際に取りかかってはみたものの実行することは非常に難しく、全てが夢に終わったと言うことである。今では大きな間違いだったとさえ言われているくらいだ。

そんなの「旨い、早い、安い」と一緒だし日本のあの企業は、ちゃんと実現して上手くやっているんじゃないか、と思う人がいるかもしれないけれどそれは違う。今の状態から「もっと旨く、もっと早く、もっと安く」を同時に、しかも継続することができるかというと難しいことが分かってもらえるんじゃないかと思う。

それじゃぁ何故実行がとても難しいのかを考えてみよう。
まず思いつくのは、全ての項目が直接プロジェクトのリスクとなって跳ね返ってくるからだ。そのリスクとは次の三つだ。

  • スケジュールリスク(Faster)
  • 技術リスク(Better)
  • コストリスク(Cheaper)

実際のところ、どのリスク項目もプロジェクトでは必ず考えなければならない当たり前のことだ。
見逃してはならないのは、それぞれのリスクがお互いに密接に関係していることなのだ。

(つづく)

2007年11月23日 (金)

Thanks Giving

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今日から4日間の長い週末、サンクスギビングホリデーが始まった。
僕としては特に何も祝う気もないし巨大な七面鳥を家で焼く気も無い。最近はさすがに疲れがたまってきていたので、宿題と論文はあるけれど多少はのんびりしたり買い物などに出かけようと思っている。

そんな折り、こちらで知り合った友人が日本での新しい仕事が決まって帰国することになったので送別会に招かれて、今日は結局ホストの家で七面鳥を焼く事になった。写真のようにスーパーでは5kgくらいの七面鳥がごろごろ冷蔵庫に転がっていて、それを皆さん気軽に買っていく。親族一同集まるか友人を集めてパーティーでもしないとさすがに食べられる大きさではないけれど、今日はファストフードチェーン、スーパーマーケット、レストランでさえこぞって休業しているので本当にみんな家で親族一同で集まってパーティしているのかもしれない。

送別会に行ってみると合計12人くらい集まって、しかも半分以上が僕にとって初対面の人たちだったので久々に新しい出会いがあって楽しめた。驚いたのは集まった人の半数が同じ大学の出身者だったこと。世界は狭い。
さらに驚いたのはこれまた半数が、実は僕と同じアパートに住んでいると分かったこと。自分が見ている範囲はもっと狭い。

今回集まったメンバーのほとんどが企業派遣で来ている人たちで、食品、化学、情報と分野は多岐に渡っていた。こういった全然違う産業の人たちと話す機会は貴重でおもしろい。あまりまじめに仕事の話をしたわけではないけれど、どの産業でも抱えている問題の根本は似たようなものでもそれに対する認識や対処の仕方がかなり違う。新しい考え方や発想のヒントがたまに有ったりする。もちろん仕事だけじゃなくて、全く違う趣味の世界や人生観に触れる良い機会なのだ。

おしゃべりしている間になんとか焼き上がった七面鳥は予想以上に大きかった。この大きさの肉塊を切らずに丸ごとオーブンで、しかも各家庭で焼いてしまおうという発想ははっきり言って日本人には無いと思う。もうちょっと手間をかければおいしい料理方法がいくらでも有るとは思うけれどここはアメリカ。
「これに張り合えるのは子豚の丸焼きくらいだねー」
「いやあれはかなり手間がかかるらしくて・・・」
なんて言いながら皆でざくざく解体してクランベリーソースを付けてアメリカンにいただきました。

2007年11月22日 (木)

勉強不足

20071121 一昨日はちらほらと白い物が舞っているだけだったけど、昨日は本格的に初雪が降った。最低気温が氷点下になる日が増えてきたし、夕方4時半にもなればすっかり日も暮れる。既にしっかりと冬なのだ。
日本でも寒波がやってきているみたいだけど皆さん元気ですか?

そんな中、昨日は論文アドバイザーのDonnaとの定例ミーティング。これから書く最終章のプロットとこれまでの章のレビュー結果のディスカッションが主題だ。これまでに書き上げた章のレビューもかなり簡単に済んで一番時間がかかったのが英文法や不明確な表現、伝わらない表現の手直しだったからちょっと申し訳ない。
最終章の構成やあらすじ、書こうと思っている大まかな内容について少し議論した結果、OKをもらってミーティング自体は20分で済んでしまった。

あまり大きな問題も指摘されず終わってしまったのでちょっと拍子抜けすると同時に不安にもなる。かなり厳しい指摘が飛んできたり、分析が足りないと判断されて追加を求められる教授に当たっているクラスメートもいるので色々覚悟はしていたのだが。幸い僕の指導教官は「僕がこの修士論文を元に研究職に就くわけではないこと」「SDMというコースがどういうところで、僕が日本に戻ってエンジニアとしての仕事を続けること」を理解してもらった上で指導してくれているので、博士課程の学生よりは多少甘いところは有るんだろうけれど、何もなければないで不安になるから不思議なものだ。

でも内容はちゃんと読んでくれているし、産学の両方で経験豊かな研究者なので合格ラインには乗っているのだろうと自分を納得させながら挨拶をしてDonnaの部屋を後にする。と、ふと呼び止められて一言声をかけられた。

「あなたの論文、いい物になると思うよ、うん。」

その一言で薄暗く寒い雪の午後も輝いて見えるから、我ながら単純である。

 

研究をしていて思ったことを少し書こう。

今僕が取り組んでいる研究は、自分の仕事で経験した事例と欧米で行われている似た事例の分析だ。実はその経験した事例というのは欧米でうまくいっている方法論を試してみようとして結局うまくいかなかった事例なのだ。失敗した原因は色々ある。システムズ・エンジニアリングの観点からして間違ったことをしていたり、やるべき仕事を間違った順序でやってしまったり、文化的に合わないことをやろうとしてしまっていたり。

当時は日本での先行事例なんて全くなくて(今でも無いのかもしれないが)暗中模索ながらも正しいことをやっているつもりだったのが、研究を進めていくにつれて全く的はずれだったと思えることが少しずつ出てくる。経験が無かったり物事を知らなかったせいもあるし、それが今客観的に分析できるのは自分が成長した証拠でもあるのだろう。

それでも自省の念に駆られるのは、当時仕事に取り組んでいたとき、いかに自分が勉強不足だったかと思い知らされるからだ。
これを知っていれば、あの失敗や無駄な努力はせずに済んだなと思うことがいくつかある。知っていればこういう考え方もできたし、ああいう事にも挑戦できたはずなのにと思うこともある。自分の会社や産業分野で実際どうやっているか知っておくべき事を知らなかったこともある。極めつけは自分でやっていることや判断基準が実際はとても曖昧で他人に説明できるものではなかったりすること。

確かに職場の内部環境では入手できなかった情報も多いし、仕事に手一杯で新しいことを自分で学ぶ暇を見つけるのが簡単ではないのも確かだけど、やる人はやっている。

教科書や論文を読むだけが「新しいことを学ぶ」方法ではない。個人でも団体でもいいからハードウェアを作ってみたり、設計してみたり、ソフトウェア組んでみたり。知人と情報交換してみたり、気になることを議論してみたり。
現在進行中の仕事や将来やりたい仕事のために、上司からは求められはしないけれどやらなきゃいけないこと、できることってまだまだ沢山ある。

良い仕事を楽して成し遂げるために努力するサイクルをどうやって自分の中に作ろう

最近そんなことをよく考える。

それでは皆さんも楽しく心休まるサンクスギビングと勤労感謝の日をお過ごしください。

2007年11月21日 (水)

Zipcar、やっぱり!な使用感

20071120_1 これまで2回に渡って若干褒めすぎた感のあるZipcarだけれど、使う前から気になっていたことがある。それは「会員の質」と「需要と供給のバランス」の2点だ。

まずは会員の質が悪くてシェアするのに問題が起こらないかと言うことだ。多少の事故や故障であれば前の利用者が黙っていてとばっちりを食ったり、車内が汚くて嫌な思いをすることも十分予想される。
何故かというと、いくら都市部に住んでいても金銭的に余裕のある人であれば、僕らのような短期滞在者や、よほど環境保護に励んでいたり不便さを許容する人を除けば車を持つ。ということは大学生を含めて車を買う金銭的な余裕があまりない人たちが多いはずだ。
もちろん金銭的に余裕がないことがモラルの低下に直結するわけではない。地下鉄の車内を代表として「俺は金払っているから汚しても気にしない、ゴミ捨てや掃除は経営側の責任」とMITの学生でさえ考えている人たちが沢山いるし、あちこちに平気でゴミを捨てていく大人たちを日々の通学で見ているのでアメリカ人の公共施設に対するモラルの低さにはもう驚かなくなったからだ。

いくらすばらしいシステムを開発してもターゲットになる利用者がどういう特徴を持っていて、どういう行動を取ることが予想されるかを考えなければビジネスは成立しない。そして僕が分析する限りあまりモラルの高い人たちで構成されているとは思えないのだ。

もう一つは、予約が取りにくかったりトラブルの時のケアが悪かったりするんじゃないかと言うこと。経営側としては顧客が離れていかない限り、できるだけ利用率を高めたい。予約が取りにくいというデメリットが有っても、料金が安ければ安いほど利用できたときの価値は高いので顧客満足度はそうそう下がらないはずだ。特にアメリカで低コストを売りにするサービスは全て質やサポート体制の充実度を疑ってかかる必要があることはこの一年で学んだ経験則だ。

 

さて、最初の利用はクラスメートの家にディナーに招かれたときだった。1週間前に予約したのでアパートの駐車場にある車が予約できたのだけど、2日前になってこんなメールが届いた。

「あなたが予約された車は緊急整備のため利用できなくなりました。その代わりXXXXにある車に予約を振り替えました。この変更は意に沿わないものであることは承知していますので、ご都合が悪い場合はキャンセルしてください

決して代車を用意してくれるわけではないし、調べてみると家から徒歩15分、しかも人気のない大通りの側だ。いくらケンブリッジが比較的安全とはいえ夜の10時にノコノコとそんなところを歩くのは是非とも避けたい。結局地下鉄の隣駅の近くにある車を予約してそこまで取りに行く羽目になってしまった。

2回目はタイヤがパンクしていたので、すぐさまサポートに携帯で報告して使用中止。予約分の金額は徴収される代わりに同額を限度にタクシー代を払い戻すと言わたけれど結局最終的には足が出て損をしてしまった。

3回目も「緊急整備」で、家の前の車から100m先の車へ強制変更。問題ないと言えば無かったけど、後部座席は誰かが秋の芝生を転げ回った後に乗ったのか細かい葉っぱが沢山落ちていた。

日本でこんなサービスレベルだったら苦情殺到だろうなと思うのだけど、少し考え方を変えると、金額に関わらず一定以上の良質なサービスを当然に思う日本に比べて、金額とサービスのバランスが露骨とも言えるほどはっきりしているアメリカの方が経済的な観念は高いのかもしれないなと思ったりする。

個人的にはやっぱり日本の方が慣れているし性に合っている。アメリカ人に成りきるにはまだまだ時間がかかるようだ。

ちなみにZipcarは後2ヶ月だし我慢できる範囲なので使うことにしている。これもZipcarの思うつぼか・・・・。

客よりも上を行く、これもビジネスの鉄則だ。

2007年11月20日 (火)

Zipcar、なるほど!な仕組み

20071119_1 Zipcarの会員になると送られてくるのが写真にあるZipcardと呼ばれるICカードだ。実はこれが車のドアを開け閉めするキーになる。全てのZipcarのフロントガラスには非接触型のカード読み取り機が付いていて、カードをそこにタッチするとロックが作動する仕組みになっている。エンジンをスタートさせるための鍵はハンドルの側にリール式のワイヤーで取り付けられているのでドアを開閉する鍵としては使えない。ちなみにドアがロックされている状態で窓を破壊するなどして押し入ってもエンジンはかからないようになっているらしい。

じゃぁ会員なら誰でもいつでもドアを開けて勝手に乗れるのかというと、もちろんそんなことはない。予約した車の予約した時間帯のみ、更にその人のZipcardしか使えない仕組みになっている。
各車に専用のガソリンカードが付いていて、それを使ってほとんどのガソリンスタンドで支払いができるので立て替え払いの必要もない。もちろんガソリンカードも予約時間帯にしか使えないし同行車に給油するなど不自然な利用は多分ばれるだろう。

その仕組みはインターネットが握っている。
実は各車には無線機が搭載されていて、インターネット経由で車の予約情報を逐一更新している(らしい)。車は借りた場所に返すわけで、その場に無線LANなどの電波が届いていればZipcardを使ってのドア開閉情報も得られるので何時に乗って何時に返したかも記録できる。エンジンのオンオフ状況や走行距離も車載器に記録しておけばネットワーク経由で収集できるしガソリンカードが正しく使われているかも把握できる。

アメリカのほとんどのガソリンスタンドでは、給油機で直接クレジットカードを使って精算できるので、元々ネットワークにつながっている。給油機でガソリンカード番号と予約していて利用権のある会員番号が一致しているかをその場でネットワーク越しに認証するのは可能なのだ。

そしてZipcarのニーズとワイヤレスインターネットの普及地域は明らかに重複する傾向がある。都市部では公衆ワイヤレスネットの普及率は高いし、人口密度も高い、地価も高いので車を持たない人も多いので1台当たりのニーズは高くなる。一方で地方に行けば公衆のワイヤレスネットはあまり普及していないけれど、ほとんどの家庭で車を持っているので人口密度も低いのでニーズはあまり無いはずだ。
ボストン・ケンブリッジエリアのように大学が沢山ある地域であれば、車を持つ資金は無いけれどちょこちょこ乗りたい大学生が溢れている。

ICカード技術と無線インターネット端末小型化&高性能化という技術の発展、ガソリンスタンドでのオンラインインフラ普及という社会的な背景、無線LANの普及地域とニーズがある地域の重複という地域的な特徴、これらを生かしてビジネスを成功させたZipcar、なかなか上手く考えられている。

2007年11月19日 (月)

Zipcar, Wheels When You Want Them

20071117_1 ボストンやケンブリッジ市の中心はアメリカというよりもむしろヨーロッパっぽい感じがする。古い建物が多いし、徒歩圏内にいろいろな店が有って地下鉄も使える。僕の印象としてはニューヨークよりもロンドンに近い。
なので日本人的感覚からすると車が無くとも地下鉄と徒歩でかなりのことが済んでしまう。学校には地下鉄で通えるし、少々の買い物であれば10分歩くか地下鉄で2駅行けば小さいながらも普段の生活用品が整うモールがある。

それでも今でさえ最低気温が氷点下になることが多くなってきたし、12月になると-10度なんていう日もあるだろう。それに大型ディスカウントストアや郊外のモールじゃないと買えないものも有ったりするので、どうしてもちょこちょこ車が必要になる。なにより街のちょっと中心を外れると都市設計が車で生活するようになされているのだから、いくら日本と違って女性、子供に親切な人が多くて歩行者優先が徹底されているとはいえ、車無しで全てを済ませるのはちょっとしんどい。

そこで我が家では夫婦でZipcarの会員になった。これはいわゆるカーシェアリングシステムと呼ばれるサービスでレンタカーと似ているけれどコンセプトからして少し違う。Zipcarではそれぞれの車が指定の駐車場を持っているのでネット上で都合のいい場所にある車と空き時間を見つけて予約する。会員は予約したとおりにそこに駐めてある車を借りて、そこに返せばいい。
どこにあるどの車を予約しても良い。
ローバーミニからピックアップトラックまで色々ある。
レンタカーのようにわざわざ店舗まで行かなくてもいいし毎回の契約手続きも無い。
夜中の1時に借りて2時に返すなんてこともできる。
しかもガス代と、そこそこの自動車保険込みで1時間あたり$8程度で借りられる。
幸い僕が住んでいるアパートの駐車場に1台あるし、100mほど離れたところにも2台ある。

週に2回、3時間ずつ使ったとしても車にかける総コストが毎月$200程度で済んでしまうのだから、うまく使えればかなり便利なシステムだと思う。1999年にボストンで始まったこのサービス、当時たまたま日本の新聞でも取り上げられていて「これからの車社会の新しいビジネスモデル!」なんてもてはやされていたけれど、今やアメリカだけではなくカナダやイギリスにも進出していて、10万台を超える車でサービスをしていると言うから驚きだ。

実際どうやって車をシェアするかというと、確かになかなかうまく考えられているのだ。
次回はその仕組みと使ってみての感想を報告しよう。

タイトルはZipcarのスローガン、「必要なときに使える車」・・・日本語にするとちょっと間抜けな感じが漂うのはなぜだろう。

(写真はボストンケンブリッジエリアでZipcarが借りられる場所)

2007年11月16日 (金)

7連勝

20071115_1 今年は強い。昨年は24勝58敗、リーグ30チーム中29位と目も当てられなかった弱小チームが開幕から7連勝、リーグで唯一負けがないチームとして連勝街道をひた走っている。バスケットファンとしてはそれだけで気になってしまうし、何しろそれが地元チームとあらば注目せずにはいられない。というわけで、昨晩は勉強と論文をちょっと中断してNBAを生で観戦、友人と3人でセルティックス(Celtics)を応援しに行ってきた。相手は去年もプレーオフに進出しているNew Jersey Netsだ。

昨シーズンの最終ホームゲームを見に行った話をこのブログでも書いたけれど、チームが強ければファンの雰囲気がこうもがらっと変わってしまうのかと言うくらいの盛り上がりだった。会場はほぼ満員でゲームも逆転しての快勝という嬉しい結果で観客もみんな終始ノリノリ。
シュートが決まれば大声で「いぇす!」とか「いぇーーぃ!」と叫んだり、大事な場面では「でぃーふぇんす!」の大合唱。極めつけは相手の集中を切らすためにひたすら声を上げてノイズを出す。

テレビ放送ではなかなか見られないものもある。タイムアウトやハーフタイムに行われるダンスチームのショー、観客による賞金をかけた3ポイントシュートチャレンジ(今回は小学生っぽい女の子)、ちびっ子ダンクコンテスト(3~5歳くらい)、座席アップグレードくじ(売れ残った良い席に移れる)、ボール状にしたチームTシャツを客席に投げ込むなど、常に観客を飽きさせない工夫でいっぱいなのだ。

あっという間の3時間で、日本でテレビ観戦しているときに感じてみたかった雰囲気を生で思う存分堪能してきた。
これこそNBA!といえる熱気が、昨シーズンには感じられなかった熱気が昨日のNorthBank Gardenにはあった。

実は個人的には他のチームのファンだけど、今シーズンは日本に帰ってもセルティックスを応援してしまいそうだ。

2007年11月14日 (水)

さよならACCORD

20071113_1 卒業までにやることはまだまだ沢山あるけれど、時間はあまり残っていない。帰国予定まではあと2ヶ月ちょっとになってしまった。なので先週末はは朝から妻と日本に送らない家具の写真を撮ってムービングセールの準備。
ボストンでは日本人コミュニティーがインターネット上に存在して、行く人来る人が色んな物を売り買いしている。捨てる物は使い倒して人に譲るのがはばかられる物くらいで、それ以外はしっかり売って帰る予定。もちろんかなり格安で売ることにはなるけれど、そもそも自分も格安で買った家具ばかりなので使った期間を考えるとかなりお得な値段で売れるだろうと思っている。引き渡しは帰国直前だけれど既にいくつかの家具は買い手がついている。欲しい人がいればリストを送るので是非ご連絡ください。

そして少し早いかもしれないけれど先週末には車を個人売買で売ってしまった。これも掲示板に投稿したらすこーーーし日本語が分かる中国人一家から引き合いが来たのだ。日本ならば多分廃車価格だと思われる車も実用性重視のアメリカでは結構な値段で売れる。あまり引き渡し時期を引っ張って帰国直前に法的な手続きに戸惑うのもいやだったし、なにより日本人の引っ越しシーズンは終わってしまっていて売るのに苦労しそうだったので、お買い得値段だとしても今の時期に売れて正直ほっとしている。
多少わがままな買い手で交渉に手こずったけれど何とか事をまとめて手続き終了。

この車は偶然にもボストンにいた古い親友の帰国時期と僕の渡米時期がほぼうまく重なったので売ってもらった10年もののHONDA Accord。お世辞にもきれいな車とは言えないし、あちこちに細かい問題を抱えてはいたものの多少手を入れたらとりあえず快適とは言えなくとも「走る曲がる止まる」には全く問題なくなった。なにより1年しか乗らないのに良い車を買う気もしない。褒めているのかけなしているのか分からないと言われそうだけど本当にどこに行くにもこの車で走り回った思い出がある。
渡米してきてまもなく、個人売買で中古家具を買いにボストン中の慣れない道を走り回った。
IKEAやベビザラスに出かけて家具や子供用品を無理矢理積んで帰ってきた。
妻が陣痛を訴えたときに深夜に病院まで連れて行った。
友達とアウトレットまで買い物に行った。
友人や親戚を乗せて家と空港の間を何度も送り迎えした。
何より妻と娘の普段の足となって色んな所に連れて行ってくれた。

11ヶ月と短い期間だったけど、これまで乗ったどの車よりも世話になった車だった。
明日朝から自動車登録局(Registry of Moter Vehicle)にナンバープレートを返却して手続き終了だ。
ナンバープレート、できれば記念に持っておきたかったな。

2007年11月10日 (土)

Interview Week

20071109_0 今週一週間はインタビューウイークだった。何のインタビューかというと就職のインタビュー(面接)だ。卒業したら帰国して今の仕事を続ける予定の僕には関係ないけれど、来年1月~6月に卒業する予定のSDMとLFMのクラスメートを対象に、企業のリクルーターが採用面接をするためにこぞってMITにやってきた。

Intel, Amazon, Microsoft, Dell, Cisco, Boeing, Raytheon,きりがないけれど知らない名前は一社もない。これがMITのネームバリューとコネクションかと関心してしまった。どこで面接が行われるかというとSDM/LFMのエリアにあるミーティングルーム10室が全て面接室に早変わり。そのため一週間丸々ミーティングに使えなかったけど案の定だいたいの授業では今週期限の宿題は無しになって、仕事を探すクラスメートたちはみんな勉強そっちのけで就職活動対策に集中(自分はもちろん論文)。

当然だれもこの一週間ですぐに仕事が決まるわけではなくて第二ラウンド、第三ラウンドが待っているし、簡単に次の面接に進めるわけでもない。そもそも企業が募集しているポジションと給料が自分の経験とスキルとモチベーションにそう簡単にマッチするわけではないようで、アメリカ人のクラスメートも「まったく、ほんまに毎回しんどいねん」とこぼすこともある。それでも自分のスキルと経験を武器に常にチャレンジしている彼らの姿勢はなかなか逞しい。

自分が就職活動で面接を受けにあちこちを回っていた頃を思い出しながら、新卒でない今、仕事を辞めて新しくチャレンジするとすればどこが何故自分を雇ってくれるだろうかと考える。日本でもそう思いながら仕事をしてきたつもりだったけれど、自分はまだまだ今の立場に甘えているなと気づいた。

しかし普段てきとーな格好をしているクラスメートも、ちゃんと髪を切ってスーツを着込んで忙しそうにしていると不思議と仕事ができそうな気がしてくる、いや実際できるんだろう。
よく考えたら普段対等に接しているクラスメートも年齢にすると5~10ほども違って、仕事に就けばマネージャークラスの人材が沢山いて、そういう人たちと対等な立場で一緒に学生生活を送っているわけだ。僕は平均年齢に近いので年上も年下も同じようにいるわけだけど、そういえば今まで年齢のことを考えて接したことがほとんど無かったし、結局意味をなさないのが当たり前のようで妙に新鮮に感じられた。

結局自分は何にもしなかったけれど、周りからいい刺激をもらったインタビューウィークだった。

2007年11月 9日 (金)

パワフルガール

20071108_1 11月に入って気がついたら娘は既に満9ヶ月。ハイハイもさらに高速化して、つかまり立ちだけじゃなくてつかまり屈伸まで自由にできるようになったせいか身体も締まってきて体重も少し減ってきた。身長まで減ったのは重力のせい?(先月の測定誤差でしょうが)
歯も下2本がしっかり生えて今度は上の歯が生えてきた。食べられるものも増えたし、シリアルも上手に指でつかんで食べられる用になったし相変わらず成長著しい。

精神的にもかなり成長してきたようで、これまでハイハイが自由にできるようになるまではだっこしていればご機嫌だったのが、最近は周りにあるもの全てさわりに行かないと気が済まないらしく何かを見つけると、ひたすら腕の中から脱出を試みる。好奇心の塊以外の何者でもない。遠くの物が気になれば親から離れて行くことも度々出てきた。にもかかわらず近くにいて注目していないとだめみたいで難しい。
さらには一人で立てないと分かっているにもかかわらず、つかまり立ちしたらテーブルやソファーの上にある物を両手でつかみに行くので決まってこける。たまに両手を宙に上げて一人で立とうとしてこける。そしてなぜか嬉しそう。

そんな成長著しい娘もやっぱり予防接種は苦手。今月は特に受けないといけない予防接種はなかったけれど定期検診の採血と、念のためのインフルエンザの予防接種を受けに妻が病院に連れて行った。インフルエンザの注射はチクッとするだけですぐ済むのだがご存じの通り採血はそうもいかない。僕はその場にいなかったのだが暴れて大変だったらしく、妻がだっこして看護師さん1人が足を、もう1人が手を押さえた上でやっと医師が採血と4人がかりで必死に終わらせたらしい。
おまけにうちの娘は泣き声も大きくて家でも寝室で泣くと壁に反射して共鳴するくらいなので余計に大変。みんな終わった後はぐったりだったらしく、医師が最後に一言"Huu, powerful girl, dear."と言っていたらしい。「血液検査の結果が悪かったら連絡するけど、この様子だと多分心配ないと思う」と言われて嬉しいやら恥ずかしいやら。

もう一つ、親と離れて預けられるのが苦手。9月から妻が週2回通い出したMITの奥様向け英会話は、同じ建屋の空き部屋でベビーシッターが子供の面倒をみてくれるサービス付きなので2時間ほど預けている。日によっては機嫌良く遊んでいるらしいが時には放っておけないくらい泣くらしい。他の子ももちろん泣くけれどひときわ激しいようでベビーシッターに2時間ずっと交代でだっこしてもらっていることもあるらしい。

日本に帰って保育所に入れたら2時間どころか1日中預けなきゃならないし、予防接種もいろいろ受けなくちゃならないし、これから先が思いやられる。

誰に似たのかは何となく気がついているけど。

2007年11月 7日 (水)

Earned Value Management

20071106_1 今回は「プロジェクトはなぜ計画通りに終わらないか」の番外編としてEarned Value Management(EVM)というプロジェクト管理手法を紹介しよう。大規模プロジェクトの管理手法として欧米の軍が共同で開発し、日本でも経産省が旗を振っているらしい。少し調べてみただけでも主にIT関連のサイトでは日本語で紹介されているので少しは使われているのかもしれない。ただし、プロジェクトマネージメントの手法の中で日本企業はなかなか有効活用するのが難しい部類に入るんじゃないかと思う。

EVMがどういう手法かを簡単に言うと、まず開発プロジェクトはコスト見積もり分(原価)の価値があると見なすことから始まる。そしてWBS上の各タスクが終わればその予定コスト分の価値を得たと見なすと同時に、実際にかかったコストとスケジュールを比べることでプロジェクトが予定通りに進んでいるかを計るものだ。

これだけじゃ何のことか良く分からない人も多いと思うので少し詳しく説明してみよう。
そもそもプロジェクトの計画を立てるにはプロジェクトの完了までに必要な仕事を列挙したWork Breakdown Structure(WBS)と、全てを終えるのにかかる時間を見積もったスケジュール計画、必要な人、物、金、設備などを見積もったリソース計画、そして各仕事にかかるリソースの見積もりから各仕事のコストを割り出したコスト計画(Cost Breakdown Structure)が必要になる。

そして一つの仕事を終わらせる毎に「見積もりコスト分」の価値を生み出したと見なす。そしてその価値を生み出すのにかかった実際のコストと比較する。これをプロジェクト全体にわたって実行するのがEVMの基本となる考え方なのだ。

つまり或る時点までに

  • どれだけの価値が生み出されて(仕事が終わって)いなければならないか
  • 実際にどれだけの価値が生み出された(仕事が終わった)か
  • 実際にどれだけのコストがかかったか
  • それをふまえて最終的にどれだけのコストがかかると見積もられるか
  • 最初の見積もりコストや損益分岐点のコストと比べて許容範囲に収まるか

をずっとトラックして、最初にあるようなグラフを作っていくことになるわけだ。

価値というとどうしても難しい仕事やキーとなる仕事を終えれば高い価値が得られて、単純作業はいくらこなしても価値は少ないんじゃないかと思われるかもしれないが、あくまでもどれだけのコストを見積もっているかで価値を算出する。プロマネが雑用をすることになっているとその雑用の価値は高くなるし、時給1000円のバイトくんがプロジェクトの最重要課題だった振動問題を解決するように仕事が割り当てられていれば、その価値は低いとみなす。

もちろんそんなことはレアなわけで、他の人にはできない特殊な仕事や経験が必要な仕事をこなせる人は高給を取っていいわけだから昇進するなり転職するなりして自分の市場価値に見合った仕事をするようになる。そうして自然と単価と仕事の割り当てという需給バランスが取れてくると考えれば良い。

この手法を使いこなすのが最も難しいと思うのは、前回の記事でも書いたように日本で社員の時間単価を定めた上でプロジェクトに費やした時間をその中の仕事毎に管理している企業がどれだけあるかということと、自分のスキルに見合った給料と責任が公正に割り当てられるようになっているかだ。欧米の企業(国の機関も)では自分のスキルに見合った職を求めての頻繁な転職が当たり前だし、プロジェクト予算から社員が費やした時間分のコストを負担しなければならないことも珍しくないようなのでこの手法がすんなり使えるかもしれないが、そうでない場合は企業の組織の勤怠管理や給与体系、プロジェクトの組み方やコミュニケーションまで見直さないことには成功しないんじゃないかと思う。組織の文化を変えずに手法だけ適用しても、体裁上やったことにして裏では全然別の方法でプロジェクトをマネ管理する羽目になるのが目に見えている。

もちろんEVMが万能な訳では無い。過去の類似プロジェクトや社員の経験から予想を立てるので誤差は当然出るし、終わったと思った仕事に不備があってやり直しがあった場合など、どうやって達成価値を正しく見積もるかに答えはない。何もしないよりは管理コストが必ずかかる。それでもコスト管理をあきらめる訳ではなくて、これをふまえた上で自分の企業に適当な方法を考えればいいわけだ。少なくとも開き直って勘と丼勘定を続けるよりはいいと思うけれど。

2007年11月 5日 (月)

Daylight Saving Time終了

20071104 ヨーロッパより一足遅く今日の午前2時にDaylight Saving Timeが終了して一時間巻き戻った。この日だけは夜が1時間長くなるわけで、この忙しい時期に土曜日の夜1時間長く寝られるのはとても嬉しい。春に頑張って1時間節約した甲斐が有ったと言うものだ。(あの日きっちり1時間寝過ごしたことを妻は覚えていたが)

というわけで、昨晩は寝る前に家中の時計を1時間巻き戻してから、とっても得した気分で眠りについた。しかしそんな日に限って事件は起こるものだ。気持ちよく寝ていた朝6時、突然鳴り響く火災警報でたたき起こされた。このブログでも何回か紹介してきたあのとてもうるさい火災報知器だ。大体は誤報と決まっているけれど万が一の事を考えるとそのときに被る損害は許容できる訳がないので寝ぼけていても非難するしかない。リスクは簡単に確率×損害で計れるわけではない。それがリスク管理の基本であり保険や宝くじが売れる原理なのだ。

とにかく超簡単に着替えてから家族でロビーまで階段で非難。他の部屋からもみんなぞろぞろと眠そうに出てくる中、どの家も幼児だけは元気。体内時計だけで動いている彼らにとっては朝の7時は立派な活動時間である。結局今回も誤報なことがわかって部屋に戻ってもう一眠り。

そして今日は昼から久々に家族でモールへ買い物に行ってきた。今はサンクスギビングを前にしたバーゲン期間なのだ。今回は家から車で30分くらいのところにあるNatick Mallという超巨大ショッピングモール。ここは初めて行ってきたけれどこれまでに行ったショッピングモールの中でも最大だった。4つのデパートに、270の小売店、駐車場は全部でなんと7,000台分のスペースが有るらしい。とても全部は見て回れる訳がないので、デパートはあきらめて欲しいものが見つかりそうな10ほどの小売店に狙いを絞る事にした。いかに高いリターンを返してくれそうな対象を見つけて、そこに限られたリソースを投入するか。そして狙いがはずれたときのために或程度バックアップを用意しておくのがオプションの基本なのだ。

それでもやっぱり気になる他の店も回ったりしていると、目的の買い物を済ませたときには途中休憩を入れて5時間もかかってしまった。12月には年間を通して最大のバーゲンシーズン、クリスマスが待っているのでそこで少しは買い足すにしてももう2,3年は服と靴を買わなくても良さそうだ。これまでも日本で服や靴はほとんど買わなかったけれど、今年はここぞとばかり全力で買い物をしている気がする。妻によると、子供服も日本より格段に安いので来年の冬くらいまでは足りる分が購入されている模様。

6時前になってそろそろ暗くなるといけないので帰ることにして、外に出た。すると既に真っ暗でびっくり。そうなのだ、Daylight Saving Timeが終わったことをすっかり忘れていた。あわててスーパーに寄って夕食を買って帰宅。娘は既に普段の夕食時間を過ぎていたので不機嫌になるし大変だった。そしてやっぱりいつもより1時間早く眠気が襲ってきている。

うーん、毎年これをやるのは一日限りとはいえ慣れるまでは少し辛いかも知れない。

(写真は家の時計、警報スピーカーとガス検知器)

2007年11月 3日 (土)

プロジェクトは何故計画通りに終わらないのか(その3)

20071102 今学期受けているシステム設計やプロジェクトマネージメントの授業は確率と統計について基本的な理解がないと始まらない。それに加えて標準分布、二項分布、分散、できればベイズ理論くらいまでは最終的に理解することが求められている。他校のMBAではどうかわからないけれど、MITではビジネススクールの授業でも必要になるので、プロジェクトマネージメントには確率統計が必須だと言われているようなものだ。

日本にいたときはシステムエンジニアならともかくプロジェクトマネージャーに必要な知識としてはそんなことを考えもしなかった。もちろんマネージャーが自分で確率計算をする必要はないのかも知れないけれど、最低限の知識がないと誰かがやった計算結果を元に議論さえ出来ないはずだ。

何故確率統計が必要かというと、もちろん毎回書いているように将来予測には必ず不確かさがあるからだ。前回は外的要因について書いたけれど、自分がする仕事についても予定通りに終わらないことなんて自分の経験からしても珍しいことではない。毎日3時間かければ10日で終わると思っていた仕事が、結果的には倍の時間がかかったこともあるし、多少早く終わったこともある。そうすると、プロジェクト計画の線表を引くときには各作業の時間見積もりを標準的な予定に加えて、早ければこれくらい、遅れればこれくらい、という見積もりも入れることが必要になってくる。今教わっているプロジェクトマネジメントでは、それを過去のデータや確率分布モデルなどを元にして確率分布を予測して、トータルでいつまでにプロジェクトが終わる確率はいくらという数字を分布として出すわけだ。分布が広ければ不確定性が高くなるし、天災人災などで考慮すべき突発事象が有ればマージンとして入れておく必要がある。

この数字はいくらシステムズ・エンジニアリングを勉強しても出てこないので経験と過去のデータに頼ることになる。システムエンジニアに実践経験が必要な理由の1つだし、データ重視の欧米式マネージメントの特徴だろう。

それが出来れば外部調達分も含めて、コストとスケジュールに関して超過する確率とその超過がビジネスに与える影響を考えてどこまでリスクを負うかを考えて計画を立てられる。どうしても受け入れがたい状況にあるのであれば割り当てのリソースを増やすか、もう一度計画に工夫が出来ないか考え直すことになる。そしてこの作業はプロジェクトを進める中で繰り返し行われることになる。これがマネージャーとしての責任であり腕の見せ所だ。

ちなみにエンジニアのサービス残業でなんとか期日に間に合わすという発想はアメリカ人には無い。そんなことをすると不払いで訴えられるかプロジェクトが終わる前に転職して人がいなくなる。かくしてマネージャーはプロジェクトの工数とコストとスケジュールを可能な限り下げられるように頭を悩ますわけだ。知人の話ではとあるヨーロッパの衛星メーカーではマネージャーの仕事の30~40%はどうすればチームの負荷を下げ、作業効率を上げ、無駄をなくすことが出来るかに充てられているそうだ。

日本ではどれくらいの割合で、誰がどの作業にどれだけ時間をかけているかを管理している会社が有るか知らないけれど、少なくとも自分の経験では非常にアバウトもしくは管理していない会社が多い。ある世界的に有名な日本企業の部長さんに「人が人を管理するなどというは傲慢である」という人がいて驚いたけれど、トップダウンではなくて個々人の自主性と責任感(会社への忠誠心とも言う)と綿密なコミュニケーションによって曖昧かつフレキシブルに、個人がしわ寄せを受けながらも集団でやりくりしているのが少し古いかも知れないけれど典型的な日本型企業だと思う。なのでこういったプロジェクト管理が日本社会でそのまま浸透するかというと疑わしいし、やる気が有ったとしても一筋縄ではいかないと思う。それでも経験に基づく勘と根性で進めるプロジェクトマネージメントよりは将来性が有ると思うのだが・・・。

(写真は今日の夕焼け。近頃は6時前に日が沈むようになってきた。)

2007年11月 1日 (木)

Halloween

20071031_1 今日はハロウィン。既に9月頃から街中にはオレンジと黒のデコレーションが溢れ、スーパーマーケットの入り口近くにはカボチャが山と積まれ、銀行の窓口にまでミニカボチャが飾られていて、どこに行ってもハロウィン三昧。正直に言ってやっと終わりという感じがするけれど、妻は娘に衣装を着せて仲良しグループでベビーカーを連ねてアパート内を"Trick-or-Treat"と言いながら回って楽しんできたようだ。食べられないのに皆どっちゃりとお菓子をくれたらしい。

ボストン近郊には魔女裁判で有名なSelamという小さな街があって、そこには毎年大勢の観光客が詰めかけるそうだ。MIT出身のクラスメートによると過去2年は当日の朝に向かったものの大渋滞でたどり着けずにあきらめて帰ってきたらしく「行くなら前日泊で」と言われたけれどさすがにそこまでする気はない。

とはいえ何もしないのも寂しいので少し前の休日に写真スタジオまで出かけて娘の記念写真を撮ってきた。アメリカで生まれた娘は「御食い初め」はしたものの、お宮参りなど日本式のお祝いはほとんどしていなかった。その代わりアメリカ式に祝えるものは祝ってしまえと言うことで、もちろんベビー服店に並ぶ多くの衣装の中から娘が自発的に手を伸ばした(ことにしている)カボチャの衣装を買って着せたら、娘も楽しそうに写真に収まっていた。写真もさすがプロという出来映えで満足。ついでに親ばか丸出しでクリスマスカード用の切手まで作ってしまった。そういう意味で親としてはハロウィーンは意外と楽しめるものだった。うーん、ついでに白いシーツに顔を描いてお化けになって娘と一緒に写真に収まるべきだったかも(笑)

ちなみに日本でも「一年中クリスマスな店」が有るけれど、こちらには「一年中ハロウィンな店」が有る。その店は家族でたまに行くモールの中に入っていて前から気にはなっていたので立ち寄ってみたところ、僕の持つハロウィンのイメージと違ってどちらかといえばパーティコスチュームの店だった。ハロウィン用には大人向けの衣装も多くて、魔女はもちろんゾンビとかドラキュラ、フランケンシュタインなどそのままホラー映画に使えるようなものが多い。東急ハンズのパーティーコーナーをかなりリアルにホラー化した空間とでも言えばいいんだろうか、娘はまだ怖いと思う年頃ではないにせよ、こんなところで買った衣装を着て娘と一緒に写真に収まる気はしない。

家に帰って調べてみたところハロウィンはもともとケルト民族の収穫祭に端を発して、この日は死者の霊、精霊や魔女が街に降りてくると考えられていたので魔除けのためにカボチャ(元々はカブらしい)をくりぬいて顔を付けたりたき火をするようになったらしい。日本の盆にも似ているけれど、死者の霊は恐ろしいものと言うあたりが面白い。輪廻転生を信じ、御先祖様の霊を奉る日本のような仏教社会との違いが如実に出ている気がする。(宗教も何も関係なくクリスマスやハロウィンを楽しんでしまうのも典型的な日本人か。)

いずれにせよハロウィンのイメージは本来が気持ち悪いものということなので、子供服の店で売っている、かわいくデフォルメされた衣装にも蜘蛛、虫、蛸、魚などのいまいちなやつが多かったのも納得だ。娘がカボチャを選んでくれて良かった。

ちなみにこのカボチャ衣装には何故かガクがある。本物のカボチャには無いけれど他の店やWebで見るカボチャ衣装にもちゃんとあるので単なる間違いでは無いらしいけど、僕にはどうしても柿にしか見えない。

そうそう、10月に入ってすぐに娘はつかまり立ちが出来るようになった。最近は立った後に手を離して自分で立とうとしてこける(けど楽しそう)。はいはいも高速化が進んでますます目が離せない。

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