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2007年12月31日 (月)

一年の終わり、そして事の終わりに向けて

20071231_1_2 激動の一年も静かに終わりを迎えている。この一年どうだったかと聞かれても、短い言葉で的確にはとてもじゃないけど言い表せない。

あまりにも多くのことがあったし、それらの多くは自分にとって初めてでしかも鮮烈なインパクトを放っていったのだ。

ただ言えるのは、今までの人生で公私のどちらにおいても一番強く、そして一番長い期間プレッシャーを受けた一年だったこと。そして何よりも最初から最後までそのプレッシャーを楽しんでいる自分がいたことだ。

これは自分にとって素晴らしい経験だったし、その一方で数え切れないほど多くの人たちに支えられてこなければできなかった事は身にしみている。お礼を言っても言い切れないくらいだ。

とはいえ、SDMでの留学生活を総括するにはまだ早い。老子が言ったように「終わり間際も、始めと同じくらい注意深く行えれば失敗することはない」し、木登りは降りるときに地面が近くなってから一番用心しなければならない。

というわけで、あと2週間ちょっとの間、初心に戻って緊張感を持って最後の詰めを終わらせようと思う。

皆様にとっても来年が良い年でありますように。

2007年12月29日 (土)

学んだことの重みと一年という時間

20071228_1 MITでは一月のIAPに始まって、春、夏、秋の3学期を過ごしてきた。たったの一年だけれども人生のベスト3に入るかもしれないくらいに思いっきり勉強した一年だったと思う。取った授業は全部で18クラス、145単位。それに24単位の修士論文が加わる。

SDMの学生は一般の大学院生のように研究室に所属しない。その代わり1月にここで紹介したとおり、ちゃんとそれなりの設備があるので学習環境は研究室で机を与えられるのと同じくらいには恵まれていたんじゃないかと思う。

個人での勉強もチームでのプロジェクトも、この環境があったからこそ思う存分やってこられたし、逆にこの環境がなければ13ヶ月でこれほどの量をやり遂げる事は不可能だったかもしれないと思う。論文を除いて全てをやり終えた今、家の書棚に収められた膨大な教科書と資料の整理をしているとそれを実感しないわけにはいかない。

写真は家にストックしていた授業の資料。ほとんどはSloanSpaceという授業用のWEBサイトで配布された資料を授業やミーティング、そして宿題のためにプリントアウトしたものだ。積み上げてみると膨大な量だけど、もちろんこれらは一年間で印刷した資料の一部でしかない。一時的に必要だったけれど取っておく気にはならずに捨てた資料を加えるとどれほど高く積み上がるか予想もつかない。

試験には紙媒体の資料のみ持ち込み可だし、MBAコースのほとんどの授業では授業中にPCの利用が禁止されているのでスライドをプリントしてメモを書き込んだ。それに膨大な量のリーディングをこなすためにそれらをプリントして持ち歩いて電車の中で読んだりした。宿題は電子ファイルで提出しても採点は印刷した上に手書きで返ってきたりする。みんなでディスカッションするときには印刷した資料を見ながらだったりもする。

資料が電子ファイルで配布されるようになってもそれを扱う環境や人の行動がまだまだ紙に頼らざるを得ない形になっているんだなと、この山を見ながら思ってしまった。

それでも積み上げているうちにこれを持って帰るの気がだんだん失せてきた。苦労を共にした書類だとはいえ、日本に航空便で送るだけでも1万円以上は確実にかかる。教科書だけでもこの数倍の高さに積み上がる。紙の資料を保管しておく場所も馬鹿にならないし読み返したい資料を見つけるだけでも大変だ。幸いほとんどの資料についてはメモ以外の部分は電子ファイルを持っている。なので一大決心をして全部のファイルに目を通してメモをパソコンで打ち直すことにした。幸い授業のスピードについていくためにメモは最低限にしてあるので半日有れば可能な量だと推測できたし、一年間を振り返る良い機会だと考えればやる気も沸いてきた。

やってみると一度学んだ事とはいえ細かい点は結構忘れている。それに春学期には理解できなかったことが、他のいろいろな授業を取ったおかげで今になって分かったり、違う風に解釈していた事がいろいろと出てきてとても有意義だった。

そして一番強く思ったのは1年間でこの量をこなすのはちょっと無茶だったなと言うこと。実はこのことについてはクラスメートとも何度か議論になっているので思いが確信に近くなったと言うべきかもしれない。

試験や宿題で良い点を取ることと、仕事の中で使えるまでに核心や考え方を理解する事との間にはかなりの距離がある。そのギャップを埋めるにはそのための努力とある程度の時間が必ず必要なのだ。

多分この膨大なデータを一年の記録としてDVDなどに保存することで満足してしまっては1年間勉強したうちの何割かは忘れ去られて無駄に終わるのだろう。自分がSDMで一年間かけて勉強したことは何だったのか、どれくらいかかるかは全く見当がつかないけれど、それを求める日々が帰国後も続くのだろう。

日本では今日が仕事納めの人が多いと思います。一年間お疲れ様でした。
そして来年は今年以上に良い年になるようお互いに頑張りましょう。

2007年12月28日 (金)

IridiumとGlobalStar(その4)

20071227_1 前回の最後に紹介したように、確実に、そして少しずつ衛星モバイル通信の強みを生かせるサービスと顧客が見つかり始めた。残念ながらその数と増加率は数億ドルの借入資金の利息をまかなうことさえできなかったし、あまりにも遅すぎた。

何故このようなことが起こってしまったのか。
何故サービスを始める時点で隠れた顧客を見つけ出してそこにターゲットを絞ってビジネスを展開できなかったのか。
それには大きく分けて2つの理由があった。

一つはMotorolaもQualcomも電話がメインの事業だということ。彼らは膨大な予算をかけて非常に綿密なマーケティングを世界の電話関連企業と組んで行った結果、その範囲外に目を向けることができなかった。どこの電話会社が衛星モバイル通信の需要調査の相手にパイプライン管理業者を選ぶだろうか。チリの山奥まで出かけていくだろうか。

そしてもう一つはユーザー自身が衛星モバイル通信サービスのメリットを理解しなかったこと。いや、ユーザーにメリットを理解させることができなかったこと。
人は何かに不便を感じていても、今まで全く自分たちの生活に関係なかった分野の新技術や新サービスが自分たちの問題を解決してくれるとはなかなか思いつかない。ましてや世の中にないサービスを具体的に求める事ができる人はさらに少ない。

結局のところ、衛星モバイル通信サービスはMBAのケーススタディに良くある典型的な失敗例だ。彼らはすばらしい技術や魅力的に見える新しいサービスモデルを見つけて、それから誰がどう使ってくれるか考えた。
違う言い方をすると技術売り込み(テクノロジープッシュ)型のビジネスであり、誰かの問題を解決する(カスタマープル)ためのビジネスではなかったのだ。

技術売り込み型の新しいビジネスはニーズの掘り起こしに長い時間がかかるのが一般的だ。そのためにはニッチ市場から入って、ニーズの拡大と共に少しずつビジネスの規模を広げていくのが定石と言われている。しかし衛星モバイル通信サービスを始めるには非常に大きな先行投資が必要であり、顧客の発掘も間違った方向に進められ、正しい顧客を見つけたときには既にとき遅く、しかもその伸びはあまりにも鈍かったということになる。

このIridiumのケースをリアル・オプションやソリューション空間解析などシステム最適化の理論を用いて分析した研究がこちらにあるので興味と気合いのある方はどうぞ。(もちろん英語)

最後にそこまでの気合いはなくとも興味を持たれた方には、これに似たような話が非常にお勧めな本になっているので紹介しておこう。Iridium、GlobalStarと同じようなビジネスを異なるアプローチでチャレンジして、大きな挫折と少しの成功を納めたOrbcommというベンチャー企業のスタートアップのストーリー。僕は地元の図書館で借りられたので、高いと思った方は図書館をあたってみることをお勧めします。

衛星ビジネス・ウォーズ―大を制した宇宙ベンチャー 衛星ビジネス・ウォーズ―大を制した宇宙ベンチャー

著者:ゲーリー ドルシー
販売元:日経BP社
Amazon.co.jpで詳細を確認する



(写真はIridiumのサービスエリア。常に世界のほぼ全域がカバーされていて動画で衛星の動きを追うと美しくさえある。)

2007年12月27日 (木)

IridiumとGlobalStar(その3)

20071226_1_2 バラ色の未来と言われながら実際にサービスを始めてみると契約者数は予想の2.5%にしか満たなかった衛星モバイルサービスのIridium。しかもこの数字は破綻が近づいて赤字覚悟の大幅値下げをしても決して改善することはなかった。これはGlobalStarについてもだいたい同じ事が言える。

計画立ち上げ当初Iridiumを絶賛したアナリストたちは手のひらを返したように「こうなることは最初から予想できていた」と言い放ち、携帯電話網とインターネット(email、データ通信、無線LAN等)の発展を引き合いに出して「衛星モバイル通信の主要な顧客は全てそちらに移ってしまった」「レンガブロックのような衛星電話機を三千ドルも出して購入し、携帯電話が使えない僻地まで出かけていって電話をかける人などもはやいない」と酷評した。

アナリストに責任はない。しかし彼らの分析は間違っているというのが上級副社長の意見だ。ポイントは「果たして携帯電話とインターネットの顧客と衛星モバイル通信の顧客は競合したのか」ということ。人々の行動パターンを考えたときに全世界どこでもつながる必要がある人がどれだけいるだろうか。つまり人の居住圏以外の場所で使えることに日頃からコストをかけても良いと考える人がどれだけいるか。そしてどれくらいの頻度で居住圏外に出る事があるか。それにいつでもつながらなければならない、つまり居住圏外で絶対に使わなければならない人がどれだけいるだろうか。

結局の所、予想以上の早さで地上の携帯電話やインターネットが便利になったとはいえ、携帯電話の高級版としてのIridiumに本当にお金を払ってまで利用したいと考えた人はいなかったのじゃないかというのが彼の意見だ。

そして本当のニーズは彼らが予想だにしなかったところにあった。例えば険しい山の頂上にある無人気象観測設備のガソリンタンクがどれくらい減っているかを人が行かずとも確認して、給油回数をなるべく減らしたい会社。
砂漠に敷設されたパイプラインに異常がないか無人で常に監視したい会社。
途方もなく広大な牧草地に放たれた家畜に付けられたGPS受信機の位置データから家畜の位置を把握しておきたい会社。
チリの山奥にある村で唯一の緊急連絡手段としての公衆衛星電話ボックス。(彼らの生活水準からすると途方もない通話料だがそれ以外に緊急連絡手段が無ければ仕方がない。)

これには彼らも本当に驚いたらしい。

(写真はGlobalStarのサービスエリア、グローバルと言いつつもアメリカで回線契約すると実はオレンジと黄色のエリアのみで利用可能)

2007年12月26日 (水)

アメリカならでは

今年のクリスマスは風邪のせいで図らずとも家族でのんびり過ごす典型的なアメリカ式クリスマスになってしまっているのは前回も紹介したとおりだが、もちろん何もしてないわけじゃない。

20071225_0 20071225_1 24日のイブには鶏を丸ごと一羽、オーブンで焼いてみた。さすがに大きなオーブンで2時間かけて焼くとふっくら焼けておいしい。娘もまだケーキは食べられなくとも、香辛料のかかっていない鶏の胸肉なら食べられるのであげてみたところ大喜びで手づかみで食べていた。

しかし、以前も紹介したようにオーブンから出る煙で部屋中が煙りだらけになるのには本当に参る。換気扇の排気口が吸気口のすぐ上にあってそこからやっぱり白い煙がそのまま出てくるっていうアメリカ人の神経がやっぱりわからない。何か特別な使い方があるのかもしれないが結局最後までこのオーブンを煙を出さずに使う方法は分からないままだった。

 

20071225_2そして 今日はあまり寒くなかったので久々の散歩とお買い物を兼ねてボストンの中心街まで出かけてみた・・・・。
のはいいものの物の見事に町中お休み。いつもは買い物客でごった返しているNewbury Streetがこんなに閑散としているのは初めて。駅前のダンキンドーナツやマクドなどのファーストフードまで休みで、開いていたのはごくごく一部の飲食店だけ。正直言ってここまで徹底しているとは思わなかった。

クリスマスは本当に誰もが家族でゆっくりと家で過ごす日だと言うことを実感。1月1日からデパート開けている日本が懐かしいと同時に、帰国しても家族で過ごす時間は大事にしたいと思う。これは正直言って良いカルチャーショックだった。

 

20071225_3 20071225_4 帰る前にふらふらと雪景色のボストン・コモン公園を歩いているとなんと池が全面凍結していて歩けるまでになっているのを発見。夏はスワンボートなどが人気のこの公園も凍ってしまうとは今年の冬はやっぱりかなり寒いらしい。
もちろん滅多に無い機会だし僕もこの前に凍った池の上を歩いたのがいつだったかと言われても思い出せないくらいだ。岸はところどころ融けていたので不安がる妻を励まして家族全員で歩いてみた。残念ながら娘はずっと寝ていたのでベビーカーのままだったので帰国前にもう一度来てあげようかと思う。

と、なんだかんだ言いながらそれなりにアメリカのクリスマスを楽しんだのでした。

2007年12月23日 (日)

First Walk

20071222_2 我が家を襲った風邪は収束に近づいているもののまだ治りきっていないので、この寒さの中出かけるわけにも行かずアメリカのクリスマスをあまり楽しめずにいるのが残念。

とはいえ、年が明けるといよいよ家の中から家具がどんどん売られて無くなっていくので今のうちにと仲の良いクラスメート夫婦を何組か招待して簡単なお食事会を開いた。鶏と卵の酢醤油煮、もやしの酢の物、お好み焼き、うどん、ちらし寿司とアメリカの日本食店ではあまり味わえない和食を堪能してもらい、楽しいひとときを過ごすことができた。

娘は見慣れない人たちの前ではいつも「おりこうさん」でおとなしい。このときも最初はオモチャで静かに遊びながらじっと来客たちを眺めていた。それでも30分も経てば慣れてきて普段通りのやんちゃぶりを発揮。。10ヶ月にしてかわいがってもらうコツを知っているとしか思えないくらいに愛嬌を振りまいてしっかり遊んでもらう。

そうやって遊んでいる最中にいきなり4歩くらい歩いたのでその場にいた一同びっくり。最近はつかまり立ちの後は手を離しても立っていられて、さらには腰を振って踊ることができるようになっていたのでそれを得意げに披露していた最中だったのだけど皆の見守る中でFirst Walkを披露してくれました。

その他にも最近は親の言葉の違いを理解して身振りで返せるようになりました。
「はろー」と言えば手を挙げる。
「ばいばい」は手を振る。
「いただきます」と「ごちそうさま」は手を合わせて(近づけて)お辞儀。
「ぱちぱち」は手をたたく(さすがに音は出ません)。
もちろん気が向いたときにしかやらないし、まだ言葉の意味は全く意味は分かっていないので食事中に何度もいただきますをやってくれる。

それでも全くできなかったことができるようになる、ゼロからイチへの変化は何度見ても感動するものがある。親バカってのは多分この感動から生まれるんだろうなと思うこの頃。
我が子の画期的な変化をビデオに撮ってYouTubeにアップする親の気持ちも分かる気がする(やらないけど)。

クリスマスイルミネーションを見に行けないのは残念だけど、娘とこれだけゆっくり過ごせる日々も日本に帰って復職すれば無いわけで、考えようによっては貴重ないいクリスマスを迎えている。

IridiumとGlobalStar(その2)

20071222_1_2 IridiumとGlobalStar、どちらのプロジェクトも振り返ってみると「技術的には大成功を収めたが商売的には大失敗」だったことが見て取れる。これが前回紹介した元上級副社長の

「GlobalStarプロジェクトを振り返ると、技術的なチャレンジが20%、政治、規制、ビジネス提携、金融、文化などの非技術的なチャレンジが80%を占めていた。」

という言葉に表れていると考えていいと思う。Iridiumは1990年にプロジェクトの立ち上げを宣言し、そこからメーカー選定、周波数の獲得などに動いたにもかかわらず、最初の衛星がLockheed社から納入されたのは1996年(打ち上げられたのは97年)、そしてサービス開始に必要な最初の66機全部が失敗無く打ち上げられたのが1998年、もちろんその間に地上の運用システムも完成している。

政府発注の衛星なら18ヶ月が普通と言ってもいい衛星の最終組み立てにかかった時間は1機あたり28日。4.5日に1機ずつ納入され、打ち上げはアメリカ、ロシア、中国のロケットを駆使して最短打ち上げ間隔は2週間。
大量生産品と一品生産品、極力簡素化した小型通信衛星と極力ミッションを詰め込んだ上にリスクを極度に嫌う政府開発衛星(極端ですが)との違いを考えても、かなりのスピードで開発されていることが分かる。とにかくこれまでの人工衛星開発から考えると、ものすごいスピードでシステムが構築されている。

GlobalStarは1991年にプロジェクトが始動して、電波免許交付が1995年、最初の衛星打ち上げが7年後の1998年でシステムの完成が200年始めなのでこちらもかなりのスピードで52機(予備4機含む)の衛星とその運用システムを完成させている。

システムの開発が簡単に済んだとは決して思わないし、苦労も沢山あったはずだ。特にアーキテクチャー設計においてはIridiumとGlobalStarの違いが如実に見えて(エンジニアには)面白い。

Iridiumが66機(当初計画では77機)の衛星全てに衛星間通信の機能を持たせて地上局の数を8局に抑えたのに対して、GlobalStarは48機の衛星は単純に地上局と電話をつなぐだけ(ベントパイプ)にして地上局を33局開設している。衛星と地上どちらに機能を割り振るか、通話可能な地域とサービスの質をどれだけ維持するか(事実GlobalStarでは最寄りの地上局からあまりに離れると通話できなくなる)、サービス開始までの時間とコスト、メンテナンスコスト、複雑なトレードオフに相当な議論と決断が有ったはずだ。

さて、いずれにせよ技術的な課題は大きなエピソードもなくクリアすることができているので問題の非技術的な課題の話に入ろう。

どちらの事業においても最初に直面した大きな壁は電波利用の許可だった。人工衛星で利用する電波の割り当ては国連の一部であるITUが仕切っているのでそこで許可をもらえば良いのだが、ラジオやテレビ、携帯電話などの無線通信事業は各国の政府機関が国内での事業許可を出している。アメリカならFCCであり日本なら総務省だ。なので事業を展開する予定の世界中の全国家と交渉をしなくてはならないという気が遠くなるような話なのだ。

民主主義国家もあれば共産主義国家もある。王国もあれば共和国もある。地元企業との合弁体制でしか事業を認めない場合もあるだろうし、高い税金や免許交付金を払わなければならない場合も有るだろう。政治体制、文化、モラルなどあらゆる面で異なる相手との交渉は物理法則を相手にするよりは遙かに多難だったと言われても納得できる。

それにこれだけ巨大な通信システムを開発するためには一つのプロジェクトチームでは不可能である。当然ながら衛星システムプロジェクト、地上通信システムプロジェクト、販売・カスタマーサービスシステムプロジェクト、資金調達・運営プロジェクトなど、いくつかに分けてみてもそれぞれが巨大なプロジェクトを状況に応じた変更を加えながら一つにまとめていくことは「関係者が密に話し合って何となく決めていく」80年代に製造業界で世界を席巻した日本の伝統的なプロジェクトマネジメント手法ではまず無理だ。

言葉の定義を始め、開発プロセスや意志決定プロセスの標準化、評価基準と計測方法の確立、権限の明確化と積極的な委譲などプロジェクトマネジメントやシステムズエンジニアリングを活用すること無しにはプロジェクトをコントロールすることはほぼ不可能だし、活用しても難しいと思う。

そしてこれらを全てやりきって全世界共通のサービス体制を完成させてしまったMotorolaとQualcomという2つのアメリカ企業の凄さを感じずにはいられない。

しかし、実際サービスを提供し始めて見るとIridiumだけで2百万人と予想されていたユーザーはどこかに消え失せ、実際の契約者数は5万人にしか達しなかった。予想のたったの2.5%である。なぜこんなことになってしまったのか。

(その3へつづく)
(写真はMotorola製のIridium用電話機9500型。重さ450g、本体だけで長さ19cm、動作温度は-30℃~60℃)

2007年12月21日 (金)

IridiumとGlobalStar(その1)

20071219_1 もう1ヶ月以上も前になるけれど、プロジェクトマネジメントの授業で1人の教授が話をしに来てくれた。彼は衛星通信ビジネス会社GlobalStarの上級副社長とチーフシステムエンジニアを長年務めた経歴の持ち主で、GlobalStarとIridium、2つの衛星通信ビジネスについて、これまで知らなかった事を考えもしなかった観点から話してくれたので少し紹介したい。

IridiumとGlobalStar、宇宙業界では知らない人はいないくらい有名なプロジェクトだけれど、少しおさらいしておこう。

Iridiumは世界で初めて地球上どこでも電話がかけられる画期的なサービスとしてアメリカの通信機器会社モトローラ社が子会社を立ち上げて始めた事業だ。事の発端は、重役の1人が家族で電話もないリゾートアイランドに休暇で出かけるに際して奥さんから「世界一の電話会社なんだから地球上のどこでも電話がかけられるようにできないの?」と言われたことだと言われている。高度780kmの軌道上に66個の通信衛星を打ち上げて1998年にサービスを開始したが、成功確実とアナリストからももてはやされた事業は2年ももたずに40億ドルもの損失を計上して破産した。

GlobalStarはそれよりも少し後から始まった似たような計画で、1400kmの高度に48個の衛星を打ち上げて1999年の終わりにサービスを開始した。この頃はIT革命で無線技術が格段に進歩した頃でGlobalStarはその恩恵を受けたこともあって少ない衛星数&低コストで始まったにもかかわらずやはり1年後に破産した。

今はどちらも事業を再開し、DoD(アメリカ国防総省)と莫大な定額契約を結んでいるおかげで何とかサービスを継続している。

さて、彼のプレゼンテーションの始まりはこんな言葉で始まった。

「GlobalStarプロジェクトを振り返ると、技術的なチャレンジが20%、政治、規制、ビジネス提携、金融、文化などの非技術的なチャレンジが80%を占めていた。」

「衛星モバイル通信が破綻した理由、それは地上の携帯電話網とインターネットの発達だと言われているが私はそうは思わない。」

この発言には少なからず驚いてしまった。いくらIridiumが先行していたとはいえ誰もやったことがない巨大なシステムの開発に技術的な要素が非常には大きいと思っていたし、破綻の理由もそれが一番大きいと思っていたからだ。

次回はその詳細に迫ってみたい。

2007年12月19日 (水)

難関クリア

20071218_1 昨日の午前中、唯一の試験が終わってなんとか秋学期が終了。そしてもう一踏ん張りして夕方には修士論文のアブストラクトを書き終えた。これで何とか最大の山場は越えたので、これからは少し体力回復させつつアドバイザーと連絡を取り合って論文をより良い物に仕上げていくだけとなった。

今日は学校に行く用事もないしもはや宿題もないので、資料の整理や引越の準備をのんびりとやっていた。しかし何故か落ち着かない。同じようにもうすぐ卒業するクラスメートにメールで聞いてみると、やっぱり何となく脱力感に襲われているらしい。どうやらプレッシャーに追われながら突っ走る生活に慣れすぎてしまったようなので、これから年末年始にかけては少しゆっくりとこれまでの一年間を振り返ってみる時間を持つ事を心がけよう。本当に自分が何を学んだのか消化して理解するにはもう少し時間がかかるはずなのだ。このブログもこれまで紹介できていないトピックをできるだけ書き残していきたいと思います。

(写真は凍り始めたCharles River。去年よりもずっと寒いので全面凍結するのを見届けてからボストンを離れることになりそうだ。)

2007年12月15日 (土)

1人1台

20071214_1
MITには有名な研究所がいくつかある。もちろんほとんどは技術者や科学者に限っての話なのだが、その中でもひときわ有名な研究所がMedia Lab.(メディアラボ)だ。

以前にこのページで紹介したプロジェクトマネジメントの授業で、とあるチームが分析対象に選んだプロジェクトが、このメディアラボが大々的に進めているOne Laptop Per Child(全ての子供に1台ずつコンピュータを)プロジェクトだった。

メディアラボのネグロポンテ教授が始めたこのプロジェクト、1台$100のノートPCを開発して発展途上国の子供たちが教育の場でコンピュータやインターネットに触れる機会を持ってもらおうというのがコンセプトだ。最初はできるわけがないと言われていたこのプロジェクト、値段はまだ$188もするけれど既に第一ロットとして30万台の製造に取りかかっている。
アメリカでは「1台買って1台寄付しよう」(Give one, Get one)というスローガンの元に市場に出回っている。(ちなみにこれはアメリカでは一般的な「1つ買えば、もう1つもらえる」(Buy one Get one)のパロディだ)
11月12日に販売をスタートして以来、既に19万台も売れているらしく滑り出しは順調と言ったところだろうか。

日本のIT関係のメディアでも以前から紹介されていたので僕も知ってはいたが触ったことはなかった。それが最終プレゼンテーションの当日にメディアラボの協力を得て、実際にクラスの中で回覧された。
他のクラスメートも耳にしたことはあっても手にするのは初めてのようで、じっくりといじくってなかなか回してくれない。残念だがプレゼンテーションの内容よりも明らかに皆他人の手元にあるPC注目している。

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そしてプレゼンテーションも終わりに近づいたところでようやく僕の手元に回ってきた。14インチのThinkPadと比べてみるとかなり小さいのにもかかわらず意外に重い。キーボードはふにゃふにゃでキーを打っている感触は全くと言っていいほど無いけれど完全防滴で壊れそうな部分が全くないのには感心した。

OSはLinuxベースの独自OS「XO」が搭載されている。一番感心したのはこのOSのユーザーインターフェースだ。とにかく教育用に目的が絞られているのでできることはかなり限られているんだろうけれど、とてもわかりやすい。起動も早いし説明書なんて無くても1分いじればできることがだいたい分かる。メール、ブラウザ、チャット、文書作成、お絵かき、計算などなど何でも簡単にできる。目的とユーザー層を上手く見極めて開発していることに感心してしまった。(大人が子供から取り上げてオフィスで使うにはちょっと向かない。)

文字入力は英語版はもちろんのこと、おそらく政府との契約がある発展途上国向けにロシア語、モンゴル語、ヒンディ語、アラビア語、アフリカ諸国の言語などが用意されている。

日本の子供たちは物質的にはすごく恵まれている環境にいるためか、さすがに日本語版は開発されていないし販売も計画されていない。それでも最近はこれに触発されてかASUSのeee PC($199-399)やIntelのClassMate PC($250-300)が欧米や発展途上国で売られている。

娘が小学生に入る頃にはどれでもいいから日本語版を1つ買ってやりたいと本気で思う(売り出されなかったら勝手に日本語化しちゃえばいいけど)。携帯電話なんかよりよっぽど買ってあげたくなる。

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ちなみに写真のキーボードはヒンディ語版のキーボードトップ。

うーん、アメリカでeee PCを自分用に一つ買って帰りたくなってきた・・・パソコンが4万円だもの。

2007年12月13日 (木)

山場

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昨日、今日と最終レポートを一つずつ何とか書き上げて提出。そして今日はもう一つ、論文アドバイザーのDonnaとのミーティング。前回と同じく「うん、内容はすごくいい。卒業して仕事に戻って落ち着いたら、どこかの学会に論文投稿してみたら?手伝うわよ。」と言われてちょっと嬉しい。ただ論文の内容と立場を考えると会社の了解を取るのが難しくなると予想されるのでどうするかは全く未定。
Donnaが続ける。「というわけで、まずは英語の添削ね。いくつか良くわかんないところがあるから。」
分かっていてもやっぱりへこむ。
打ち合わせは簡単に30分くらいで終了。後は結論と導入を書けばいよいよ論文も完成が見えてくる。

僕の論文のトピックは以前も書いたように自分が過去に関わった仕事の事例を分析するケーススタディーだ。特に新しいデータが手に入ったわけではないけれど、いろんな角度から分析してみると実に沢山の発見がある。何でもやりっぱなしでは経験したとは言えないんだろうと思うくらい発見がある。内容をここで詳しく紹介できないのが残念だけど、発見については思うところがあるので近いうちに別途書いてみたい。

さて、これで後は金曜日の授業と月曜日の期末試験、そして論文を書き上げることに集中すれば良いわけだ。

と思っていたら娘が風邪を引いた上に、今晩になって急に嘔吐するようになったのでとりあえず大学病院に救急で連れて行く。どうもアパートで胃腸性の風邪が流行っているらしくそれにかかった模様。妻も先週末から風邪を引いているので家事も少しは手伝わねば。

自分も今晩から喉が痛くなってきたので、どうやら風邪の引き初め。
こんなときはあきらめて葛根湯飲んでさっさと寝るに限る。

そして週末には最低気温が-14℃という寒波がやってくるらしいく、のんびり風邪を引いているわけにもいかなさそうで、我が家は今ちょっとした山場です。

(写真は夕暮れのボストン。これでもまだ4時半)

2007年12月12日 (水)

New England Patriots

20071210_1_2 アメリカの4大プロスポーツの中で最も人気があるスポーツ、それはアメリカンフットボールだ。松坂&岡島投手の活躍で日本でも一躍有名になったRed Soxの人気はもちろんすごいけれど、野球シーズンが終わった今、町中で一番多く見かけるのはこのアメリカンフットボール(NFL)の地元チームNew England Patriots(ペイトリオッツ)のロゴなのだ。

特に今年は補強に成功してリーグトップの12勝0敗と無敵の勢いなのだから地元ファンが熱狂しないわけがない。ボストンに一年住んでいて唯一観戦しに行っていないのがこのNFLだったのだが、一度は行っとかねばなるまいと、頑張ってチケットを買って観戦に友人4人で行ってきた。しかも1人が京大ギャングスターズの一員だったのでラッキーなことに解説付きで、しかも試合は前半競って、後半突き放して快勝と文句なし。テレビでは決して分からないスタジアムの雰囲気とアメリカの文化を堪能でき、高いチケットを買っただけのことはあった観戦ツアーだった。

NFLは年間のレギュラーシーズンが16試合。つまりホームゲームは年間8試合しかないのでチケットは発売即日全試合完売である。なので合法ブローカーを介して高値で取引されることになる。特に強豪同士の対戦となると値段がつり上がる。

大差の試合ほど面白くないものはないと言うことで、今年最後の強豪との対戦を見に行くことにしたのはいいものの、需要と供給で値段が決まるのが市場の原理。2週間前の時点では定価$65のチケットに$400以上の値段がついているのだからさすがに買えなかった。なのでぎりぎりまで粘ってゲーム4日前に値段が下がりきったところで購入。

競技場は何故かボストンから南へ50kmほど行ったところにあるFoxboroughというド田舎にある。土地が安かった以外には理由が全く考えられないほど何もないところだ(なのでチーム名にもボストンじゃなくてニューイングランドという地域名が付いてる)。それでも$40もする駐車場料金を払って車を駐める。(付近の私設駐車場はさらに高いらしい・・・)

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駐車場は既に満車に近い・・・わけじゃなくて私設テントが林立。みんな馬鹿でかいピックアップトラックで早くやって来てそこかしこにテントを勝手に立ててバーベキューをしているのだ。プロパンボンベ、薪、炭、自由に火を焚いて良い駐車場は初体験。衛星アンテナとテレビ持ち込んで他の試合観戦している人も・・・・。明らかに駐車スペース2台分使ってたり道ふさいでますが「ここは俺らが使いたい、あっち空いてるからあっち行け」とも言わんばかりの勢いだし交通整理係も「まぁそんなもんなんだよここは」という感じで車の列をさばいている。そこら中でゲーム開始を待ちきれず興奮状態の大人がボール投げて遊んでるし、もう公園状態です。

多分初めは「寒いし火でも熾すか」→「火有るならバーベキューでもするか」→「バーベキューするならテントも立ててビッグにやるか」とエスカレートしていったんだろうけど、ここまでやられると、もうその心意気に感心するしかない。ちなみに観客はほとんどが白人で、特にアジア人など僕らを除けば皆無。そもそもマサチューセッツは8割が白人という偏った人種構成だとはいえちょっと違和感がある。

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試合開始1時間前には会場に入ってしばらくスタジアムを見物。さすが6万人が収容できるだけあって巨大だ。僕らの席は3階席の一番上。左上の写真で中央ちょっと上に見えるライトの下。グラウンドからの高さは50mくらい有るんじゃないだろうか。ぐるっと見渡せば地平線が見える。それでも球技場全体が見渡せるし、視力には自信があるので観戦に困ることはない。それにボールの場所よりもチーム戦略が気になる僕としてはTVで見るより楽しかった。

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試合開始の4時頃には夜の帳が降り、間違いなく気温も零下。しかし試合相手が強豪スティーラーズでスタンドにはこんな所までやってくるファンも多い上、競った展開が続いたので会場は大興奮。
すり鉢状の会場は地鳴りのような歓声に包まれ、観客が出す蒸気が照明に照らされてもやを作る。周りにいるおじいちゃんたちも若者たちに負けじとテンション高く応援。日本で大相撲見ているおじいちゃんたちと同じ感覚なんだろうけど皆な若い。僕らもタッチダウンの際には隣のおじいちゃんとハイタッチ(笑)

試合は第3クォーターにビッグプレーで突き放し、鉄壁のディフェンスで後半シャットアウトしたペイトリオッツが結果的には34対13と快勝で13連勝を飾る。残り3試合は相手が弱いので確実に勝って、全勝優勝で野球に続いてボストンを熱狂させることになるだろう。その瞬間を見届けずに離れるのが残念だけどこれでアメリカ4大スポーツの観戦を制覇。
アメリカ生活での目標を一つ達成できただけでも十分か。

2007年12月 9日 (日)

見える化

20071208_1 12月に入ってどの授業も最終レポートの提出日やプレゼンテーションの日が迫っているので学校は常に大にぎわい。それに論文もドラフトを書き上げないといけないので来週末までが本当のラストスパートだ。ここで頑張るか頑張らないかが、論文の質や授業の評点に大きく効いてくる。もちろん今となっては大きな事はできないけれど、悪魔は細部に宿る(Devils are in the details)と言うように、「画龍点睛を欠く」と言うように、その細かいところの質が最終的な仕上がりを大きく左右するのだ。

プロジェクトマネージメントのクラスではチームプロジェクトの最終プレゼンテーションを木曜日に終わらせた。僕のチームは、以前ここでも紹介したように、クラスメートが所属するFORDのとある部署を対象に、授業で学んだことを反映して開発プロセスの改善に取り組んだ。このプロジェクト課題は成績の半分を決めるにもかかわらず、プレゼンテーションが全てなので15分間の短いプレゼンテーションに3ヶ月の活動結果から、何を聴衆に伝えるかをどこまで絞り込めるかが鍵になる。自分たちなりに考えて望んだ結果、まずまずの成功だったと思う。

状況説明に時間をかけすぎて時間が足りないチームがあったり、内容を盛り込みすぎて流暢ながらもすごいスピードでスライドが進んでいくチームがある中で、強調すべき点をしっかり強調して、簡潔かつ濃いプレゼンテーションができた(と思っている)。教授陣やクラスメートからも評判は良かったので頑張った甲斐があった。

僕はとても大事な最初の導入と纏めを担当した。かなり練習したのだけれど緊張してつっかえる毎に言いたいことを端折ってしまう悪循環。最近多少はスムースに話せるようになってきた気がしているので、ネイティブのクラスメートがほとんどの中で、以前のようにひらきなおれず、上手くやらなきゃと言うプレッシャーが無意識に有るのかもしれない。クラスメートやチームメートには「グッジョブだったよ」「え?そうか?良かったと思うけどなぁ」と言ってもらったけど自分では30点くらいのできでした。敵は自分自身。

プレゼンは2番目だったので、後はゆっくりと他のチームのプレゼンを聞くことができた。
大概のチームが企業から詳細なデータを入手して分析しているのを聴きながら、プロジェクトの経過が詳細に残っていると改善するための分析が色々できるものだと改めて思う。

誰が何をやったか、いつ何が起こったかを記録していくことがプロジェクトに当然のように組み込まれているというのは、文化に関係なく重要な事なんだろうと強く思う。つまり短期的には無駄に見えても、長期的に組織を発展させていくためには必要なコストなんだろう。それをやろうとしてできない状況にある企業はベンチャーで起業したばかりか自転車操業かのどちらかだ、というのは言い過ぎかな?

(写真はライトアップされたKillian Court。毎シーズン色が変わるらしい)

2007年12月 5日 (水)

プロマネ性格判断

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一昨日から3日連続で雪。今朝は粉雪が舞っているくらいだけど表に出た瞬間に、かき氷を食べたときのように頭がキーンと冷える。この感覚、東北や北海道のスキーロッジに泊まって朝暖かい部屋から外へ出たときとか、山頂でゴンドラを降りたときの感覚に似ている。とりあえずそう思えば少しは寒さにも親近感がわくかと思ってそう思いこむことにしている。

さて、今日はプロジェクトマネージャーに焦点を当ててみたい。プロジェクトマネージャーは全権限と全責任を負うだけあって非常に重要な役割である。チームを生かすも殺すもリーダー次第だし、プロジェクトマネージャーの個性がチームのカラーになることも多い。プロマネはどういうタイプであるべきかという基準はないけれど、どういうタイプであれ必要な特徴として僕が思うには

  • 人から信頼される人格
  • チームをまとめて進めていけるリーダーシップ
  • プロジェクトの計画能力と管理能力
  • リスク管理能力と交渉能力

まだまだ挙げればきりがないことは分かっているが、少なくともこれらの4つがバランス良く備わっているべきだと思う。実際にはパーフェクトなマネージャーなど希であってどれかが欠けていても、人格やリーダーシップに共感してそれを埋めてくれる優秀なパートナーや部下がいる場合も多い。
そして自分がマネージャーの下で仕事をするとき、自分がマネージャーとしてグループを率いていくときにどういうタイプの人が集まっているかを把握しておくのはとても重要なことだ。スポーツでも仕事でも同じタイプの人間だけが集まっていると役割分担のバランスが悪くなるし、思わぬ落とし穴にはまったりする。

そして自分がどういうタイプのリーダーであるかを判定するテストが世の中にはいくつか存在する。性格判断はどこの国でも好まれるようだ。その一つであるMyers Briggs TestがWEBで無料で受けられる(英語です)。本当の試験は何時間にも渡る詳細なものらしいけれどこのテストは15分で終わるお手軽版だ。

このMyers Briggs Testでは16種類に分類された性格のうち、どれに当てはまるかを診断してくれる。そして、上の表でいう四隅に配置されている次の性格がリーダーに向いているとされている。

Field Marshal(指揮官タイプ)
状況に応じて柔軟に対応しながらプロジェクトを遂行する、いわば実践能力に優れている。物事を体系化、一般化する能力にも優れており、練り上げた論理体系から優先順位や有効性を判断してプロジェクトを進めていくタイプ。ただし、どちらかというとマネージメントよりも設計や発明に向いている

Mastermind(指導者タイプ)
危機管理能力を含め、プロジェクト遂行能力に優れていて高いリーダーシップを備えている。。しかし他に良いリーダーがいる限り、前に出ずに後ろで構えている傾向がある。一度その責に付くと自分の判断でぐいぐい引っ張っていくタイプ。論理よりも実効性を好む。

Inspector(検査官、監視員タイプ)
組織の制約にも上手く順応した上で細部にまでこだわって仕事をするタイプ。誠実、論理的、マメで実践的である。ゴールに向かって計画通りそして論理的に一つずつ責任を持って確実に仕事を進める事を好む。

Administrator(管理者タイプ)
事実を重要視し、実践的かつ現実的なタイプ。自分で物事やチームをまとめて実行する事を好む。意味がないと分かっていても要すれば求められた役割に徹して実行することができる。他人の気持ちを察することがあまり得意ではないが、それに注意する限り非常によいマネージャーである。

ちなみにプロジェクトマネージメントの授業にて全員で試してみたところ見事にほとんど全員が4隅のどれかに当てはまった。上の表にある数字はとある調査で平均的にアメリカ人がどのタイプに当てはまるかの割合を示したものらしいので、それと比べると非常に偏っている。もちろん、このテストの信頼性もさることながら「自分はこうでありたい」という願望もかなり反映されているのではないかと自分の結果も含めて疑わないといけない。

そういうわけで、本当なら自分のことをよく知る同僚に客観的に診断してもらうべきだろう。逆に自分がよく知っているマネージャーについて詮索してみるのも面白いかもしれない。

ちなみに僕はField Marshalタイプでした。やや予想外・・・

2007年12月 3日 (月)

10ヶ月

20071202_1 最近はつかまり立ちもだいぶしっかりしてたし手を離して立てる時間も長くなってきた。親がべったり付いていなくても視界に入ってさえいれば、一人で放っておいても遊べるようになってきたので笑って見ていられる時間が増えたような気がする。もちろんふとリビングに立ち寄ったときに見つかると、突進してきて遊べとせがまれることも増えた。朝出かけるときに(多分)バイバイもしてくれるようになったし褒めたときと怒った時の反応が違ってきたのもおもしろい。

体力と知恵が付いてきた分、ぐずったときの対応が大変だし悪戯を色々やってくれる。最近のお気に入りは畳んだ洗濯物荒しと本棚荒し。床においてあるとそんなに興味を示さないのにソファーや本棚などぎりぎり手が届くところにある物を引きずり下ろすことが好きなようで困ったものだ。

食事の時も自分でスプーンをつかんで食べたがるので、数日前から幼児用スプーンとフォークで練習。機嫌が良ければ意外と上手に食べるのでビックリしたけど、調子に乗ったり逆に不機嫌になると振り回すので床がえらいことになる。ホントに鳩のえさ場みたいになる。

最初はこんなもんだろうし上手になるにはしばらくかかるだろうから、あきらめて付き合う他はなさそうだ。

2007年12月 2日 (日)

How are you?

20071201_1 今日はこの冬初めて最高気温がマイナスを記録した。ちなみに最低気温は-9度。そんな中、妻に連れられて買い物に出かけた娘は帰ってきてから漫画みたいに鼻水だーだー。風邪でも引いたかな?こういう日は熱めの風呂にさっと入れてさっさと寝かせるに限る。

僕は季節の変わり目には決まって風邪を引くけれど何故か真冬にはほとんど風邪を引かない。それでもさすがにこれからの仕上げの時期にインフルエンザにかかるなんて事だけは、まっっっっったくもって御免こうむりたい。

なので金曜日には授業の前に大学病院で予防接種を受けてきた。学校の保険に入っていれば予防接種はほとんどただで受けられるから利用しない手はない。空いていたので2分で終了。アメリカでは予防接種を受けても風呂に入っちゃいけないとか、運動してはいけないとか何にも言われない。

ただし、以前に娘が予防接種を受けたときに「風呂に入れてもいいよ」と言われたのでいつものようにお湯に浸からせたら微熱発生。確かにね、アメリカではお風呂に入るっていうのはシャワーを浴びるってことなので湯船に浸けるなんて全く考えなかったんだろう。
文化が違えば同じ言葉が違う状況で違う意味で使われる。

一年どっぷりとアメリカ文化に浸かったおかげで、かなり文化的にも馴染んだと思う。
妻には以前から「日本語の文法とか言い方おかしなってるで」と注意されているので日本に帰ってからのカウンターカルチャーショックが相当あるかもしれない。

さてさて、こんなことを言うと変に思われるかもしれないけれど、今思えば日本にいたときに一番大きく誤解していたのは一番基本的な言葉
"How are you?"
だった。

アメリカ人はいつどこで会っても必ずと言っていいほど"How are you?"とか"How is it going?"、"What's up?"と話しかけてくる。しかし"Fine!"とか"Good"、"Not much."などと答えてもそんなに反応が有るわけでもないし、下手をするとHow are you?と言い終わる前にすれ違って行ってしまっていることさえある。
こちらが先制攻撃で"How are you?"と言えばいきなり"How are you?"と返って来たりする。

こちらに来てしばらくの間は少し戸惑ったけど、どうも"Hello"をちょっとだけ親密な言い方にしただけだという解釈にたどり着いたのは夏前だった(遅いか)。

つまり、単に「こんにちは」と言うだけじゃなくて、「問題なく順調に過ごしてるか気にかけてるよー」というニュアンスがちょっっっと入っているだけなんだと思う。How are you?と聞かれて、"Good! How are you?"と尋ねると丁寧な人なら"Good! Thanks for asking."と返ってきたりするのだ。

なので日本語直訳で「最近どう?」と解釈してしまって、特に1時間前にも会ったクラスメートにすれ違いざまに言われただけなのに近況を説明したりなんかすると(したこと無いけど)相手はちょっと戸惑うだろうと思う。今ではかなり使いこなせるようになった。

ちなみに"How are you?"と聞いたときの返事には時々ひねったものに出くわす。"Alright."、"Not bad."(悪くはないよ)という単に言い方を変えたものから"Hanging on (the edge)"(なんとかね)、"Green!"(順調!)なんてのもある。

思わず笑ってしまったのが副学科長から返ってきた"Functional!"(基本的にはいいよ)だ。Performanceはともかく必要機能は全部満たしているよ、つまり「善し悪しはあれ何とかいってるよ」と言うことだろう。

こちらは秋学期もあと2週間、皆さんは12月の始まり、いかがお過ごしですか?

"How are you?'"

(写真は桟橋に上がったボート越しに望むCopley、そして凍ったように澄んだ空気)

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