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2008年1月29日 (火)

異文化のSE(その1~真似ずに盗め)

20080128_1_2 前回の記事から1週間、すっかり時間が経ってしまった。帰国翌日から職場に復帰して昼は仕事、夜は一年間空けていた家の掃除や日用品を揃えるのに明け暮れていたおかげで何とか生活環境が整ってきた。しばらく治りそうにないのはカウンターカルチャーショックで、これにはしばらく悩まされそうだ。

1年アメリカにいると、さすがにその国の文化に少しは馴染んでしまうようで、滞在中に自分ではあまり気づかなかった考え方や行動パターンの変化を今はしっかりと感じてしまう。違う文化に馴染んでしまうとこれまで当たり前だった考え方や行動にストレスを感じてしまう。実際に体験してみると人の行動様式や社会システムがいかにその国の文化に基づいていて、重要な要素であるかを信じないわけにはいかなくなってしまった。

このことはわざわざ1年間を費やして、しかも大金を払ってMITまで勉強しに来たSEにも非常に深く関係している。
ご存じの通りSEは昔から大学で教えている土木、建築、航空、電気など物理法則を相手にする工学とは違って人の営みを対象とする学問だ。そこには絶対正しいと言えるルールは無いし、経験から導き出された法則が幅をきかせていたりする。

当然誰かがやってうまくいったからと言って、そのやり方を他の人が何も考えずにそっくりそのまま真似て上手くいく保証は全くない。むしろ取り巻く状況が違うので失敗するリスクはとても高いと言えるだろう。単に真似るのではなく、その本質を盗むべきであり、そのためには十分な経験に基づいた多面的かつ深い観察による十分な理解が必要になる。

これは僕が実際に仕事で失敗から感覚的に感じていたことの正体であり、SEの参考書や論文を上司と一緒に必死で読んでも何を言わんとしているか分からなかったり、紹介されている方法論が何故そのやり方で上手くいったのかが理解できずに頭をひねっていた事に対する答えだったのだと今は思う。

SEには世界共通で誰もがどんな対象でも使えるような設計プロセスは無いし手法やツールも無い。企業文化やエンジニアの能力や経験はもちろん、国民性や社会的なルールやモラル、文化、法律、宗教まで含めた背景が違えば異なったプロセス、手法、ツールが使われてもおかしくない。

それではMITで学んできたことは日本で使えないのか、というとそんなことはない。直接コピーして使う事は難しいにせよ使いようはいくらでもある。

(写真はボストン美術館に飾られている北斎の唐獅子図より。中国のモチーフが見事に日本の美で表現されている)

つづく

2008年1月20日 (日)

ただいま

Keepgoing じわっと目頭が熱くなった気がしたのはボストン空港でも成田空港でもなかった。それは意外なことに経由地から日本に向かう飛行機の席についたときに聞き慣れた機内音楽が聞こえてきたときだった。

やれやれこれじゃまるでノルウェーの森のプロローグじゃないかと、自分自身にあきれながらもジェットエンジンの回転数が上がって機体の振動が強くなっていよいよ離陸と言うときにはそれは確かなものとして自分の中にあった。

確かにこの一年が忘れられない一年であったことは間違いない。それでもその熱い気持ちがどちらかというと後ろ向きな気持ちから来るものだという意識は僕を少し不安にさせた。

そしてその不安が一瞬にして吹き飛んだのは、玄関を開けて家の中を見渡したときだった。そこはどこよりも僕を落ち着かせてくれた。そして僕の留守中に家を管理してくれた同期の友人に会ったときには、また彼らと一緒に頑張ろうと言う気持ちを確かなものにしてくれた。

留学する前から彼らと自分たちの仕事をもっと有意義で良い物にしようと頑張ってきたのだ。MITでの一年間は仕事を始めるためのトレーニングでしかないのだ。ゴールはまだまだ先、僕はまた本当に何かをする場所に戻ってきたに過ぎない。

SDMでの留学生活はこれで全て終わったけれど、MITで学んだ事で伝えたいことはまだまだある。なのでもう少しこのブログは続けていきたいと思う。

公私ともに一年間応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

2008年1月19日 (土)

SDMプログラム修了!

今日が論文の提出締め切り。同期のクラスメートのうち5人程度が卒業するらしく、僕もなんとか期限までに指導教官と学科長のサインをもらって提出できた。これで今日で13ヶ月の全プログラムが終了。めでたく卒業できることになった。

実際には、年明けに指導教官からいつでもサインしていいくらいに内容はできあがっていると言われたのだけれど、あまりに誤記や文法の間違いが多いと後悔しそうなので、試験時間をいっぱいに使って見直しをする受験生の気分で細かい手直しをずっと続けていた。

しかしそれも終わり。

印刷されて承認のサインが入った自分の論文を手にすると感慨深いものがある。達成感と開放感がじわじわと押し寄せてきて身体と頭を軽くしてくれる。そしていよいよ明日は日本に向けて帰国。早く日本に帰りたいという気持ちと、もう少しとどまっていたいという気持ちが交差するけれどついにこの日がやってきた。

明日の飛行機は早朝便なので早く寝るべきところだけれど、これからクラスメートと最後の祝杯を挙げに大学内のパブに行かなくてはならない。実は僕ともう1人が卒業する同期の中で最初にMITを離れるらしく、今週はことある毎に今日の飲み会にこれるのか質問攻めにあっていたのだ。

今週は、今日を待ちきれないクラスメートから毎晩のように飲みに誘われていたけれど、今日は一番おいしいお酒が飲めるはず。

それでは行ってきます。

2008年1月18日 (金)

SEをアメリカで学ぶと言うこと

20080117_1 元々アメリカの大学でじっくりとシステムズエンジニアリングを勉強してみたいと思ったきっかけは、本や単発のセミナーで勉強することの限界を感じたからだ。

SEの理念や概念、何が大事かと言うことは本にも書いてあるし講師も熱っぽく語ってくれる。開発プロセスの概要も本や標準文書に書かれている。このブログでも紹介したPugh MatrixやDSM、EVMやシステムダイナミクスなどの手法から細かい定量的評価方法のテクニックまで多種多様な定量的な手法も一つ一つ学んでいくことができる。

それでも理念や概念をいくら振り回しても実際にどうすればいいかを教えてくれる本も人もいない。それは全てケースバイケースだからという事で終わってしまう。数ある定量的な手法も果たしてそれを使えば対象の善し悪しが評価できて意志決定ができるようになるかというと疑わしいことこの上なかった。

余談になるけれど、SEを勉強しようと思うと英語の本を読まざるを得ない。そこで使われている英単語にも混乱した。IdentifyとDefine、IntegrationとSynthesisの違いは何か。MissionやArchitectureなどを日本語でどう説明すればいいのか。

要するに、無機質に一般化された断片的な知識を膨大に持っているだけでは何の役にも立たない。それらを一つの体系にまとめ上げたときにどういう全体像が浮かび上がってくるのかを見たいと思ったのだ。更にはその全体像は何を考えてどういう人たちがどういう文化の下で作り上げたのか、それを理解しなければシステムズエンジニアリングを自分の仕事に使っていけないと思ったからだ。

どんなに優れた旅行記をどれだけ読んでも、どんなに美しい写真集をどれだけ眺めても、その土地を理解するには不十分だ。2,3日でもいい、実際にその地を訪れ、住む人と話し、同じ物を食べ、同じ風に吹かれて過ごしてみて初めてその土地のなんたるかを知ることができる。これは僕の旅行哲学だ。

そして今回、アメリカまでやってきて一年間素晴らしいクラスメート、教授陣、スタッフに囲まれて過ごしてきたことでシステムズエンジニアリングが何なのか、おぼろげに分かってきた気がする。いや、もしかすると理解するきっかけを得ただけなのかもしれないが。

極寒の月曜日の夜に日本人4人で咲かせた熱い議論はまさにそれが何だったかを巡るものだったのだ。

(写真はSDMが入るビルディングE40。帰国後に続く)

2008年1月16日 (水)

極寒のパブクロール

20080114_1昨日は 朝起きると窓の外は吹雪、空はねずみ色に曇っていた。先週はコートが要らないくらい暖かかったけれど、いきなりスノーストームがやってきていつものボストンの天気に変えていった。MITは全く平常通りだったけれど学校や公共施設は軒並み閉鎖。最高気温も零下だったと思う。

そんな天気にもかかわらず、家族で仲良くしてもらっている日本人の友人達が最後に集まる機会を作ってくれた。メンバーは以前アメフトの試合を一緒に見に行った四人だ。ボストン特有のAmber BeerやAle Beerを飲みながら最初はスポーツ、家族、旅行などの話題で盛り上がっていたけれど気づいたら仕事と授業の話で盛り上がっていた。

特にMITで学んでいる意義やシステムズエンジニアリングの解釈論については真剣に、しかも声を張り上げて1時間以上も議論が続いてしまった。論点は自分たちの仕事にMITで学んだいろんな方法論や手法、そしてシステムズエンジニアリングがどう仕事に役立つかの考え方について、僕と他の1人との間に大きなギャップがあったことが大きな理由だ。

最後には共通点が見出せたものの、その基本的な考え方については物別れに終わってしまった。学科は違ってもこうやって似たような境遇で同じ話題について真剣に議論できる相手がいることは幸せなことだと思う。最後によい機会を作ってもらったと感謝している。

この日は3件目のバーを探したけれどストームのせいかどこも早く閉まったようで2件で解散。議論の続きは彼らが卒業して帰ってくる6月以降に東京で再開されることになった。

ちなみにこの議論の内容は、僕が論文で追求してきたことと非常に関連が深いので次回改めて書いてみたい。

2008年1月14日 (月)

スポーツ番組から見たアメリカ文化

20080113_1 まだ雀も寝ているであろう早朝に僕以外の家族が帰国の途に付いた。娘は空港についても寝ぼけ眼で抱いてやってもうっとうしそうにしていたが10日間のお別れだ。次に日本の家で会ったときにはどういう反応を示してくれるか楽しみだ。

年末年始は論文の最終校正と引越でずっとどたばたしていたので、久々に1人になってみると時間が止まったように静かな日曜日だった。今日はホテルからもほとんど出ずに荷物整理やパソコンのデータ整理をしながらテレビをつけっぱなしにしてNFL(アメフトのプロリーグ)のプレイオフを観戦していた。

アメフトはあまりに選手の役割が細分化されすぎているのでプレーしたいとは思わないけれど戦略やチームプレーを楽しむにはうってつけのスポーツだ。試合数こそ少ないけれど大学も含めると毎日のようにどこかのチャンネルで見ることができる。

というわけで、家ではニュースとDiscovery ChannelやAnimal Planetを除けばスポーツチャンネルをずっと見ていた。そこで気づいたのは試合やプレイオフを分析したり予想したりする番組が非常に多いことだ。特にプレイオフシーズンともなると次の試合についての分析番組を延々とやっている。どちらのチームがどういう点で有利か。チームの長所と短所はどこにあるか。今シーズンの戦いぶりを見て相性はどうか。それぞれのチームが勝つためには何をしなくてはならないか。コメンテーターや往年の選手たちが持論を持ち出しては止めどなく議論をしている。

番組を見ていて面白いのは誰もが持論を説明するときに感心するほど大量のデータを統計処理して示していることだ。さらには単にデータとそれを統計処理した結果から単純に予想するのではなく、これらの情報が試合運びや結果にどうインパクトを与えるか、そして相手チームをサポートするコメンテーターの予想に何が欠けていて、何を過大評価または過小評価しているかをまくし立てる。

データは持論を作り上げて正当性を説明するために不可欠なものである一方で、人の営みを分析するモデルやロジックに完全な物は存在しない。だからこそどちらのモデルや持論が確からしいかを延々と議論して、最後は論点となった試合の注目ポイントを整理して、実際の試合を楽しんでくださいという運びになる。

データとモデルだけ有れば誰でも予想できる訳じゃなくて、結局はそれを使う人たちの経験と能力に依存するし、結果は得られたデータを通して検証されなければならない。アメリカ流システムズエンジニアリングのベースとなる考え方をスポーツ番組にも見た気がした。

(写真は滞在しているホテル。キッチン付きでなかなか快適)

2008年1月11日 (金)

脱走

今日は朝一番から引越の荷出し。力仕事は業者が全てやってくれるとはいえ、通関手続きの書類作成や業者とのコミュニケーションに忙しい。

と、気がつくと娘がいない。ちゃんと目を付けてくれていた義母が言うには「今ドアから廊下に出たとこ、5mも行けば泣いてすぐ戻ってくるわ」。

20080110_1 20080110_2 今日は朝からドアが開けっ放しだったので家の外が気になったのだろう。おぼつかない足取りでテケテケと歩いている。

ドアの陰から見守っていると驚いたことにいつまでたっても戻ってこない。道草を食いながらもどんどん家から離れていく。とうとう30mくらい離れたところまで行って、1人で遊びだしてしまった。最後にはドアにまだクリスマスのシールが張ってある家のドアをたたき始めてしまったのであわてて確保。

短い時間とはいえ、親べったりじゃなくて1人で遊べるようになったのは偉い。でもちょっと先が思いやられる出来事だった。

保育所に行きだしたら一度は脱走するんだろうな。

2008年1月10日 (木)

引越前日

20080109_1 いよいよ明日は引越。

アパートの契約条件の関係で帰国まで1週間を残してアパートを引き払わなければならないからだ。それにベッドまで社費で運んでくれるような企業から来ている人ならともかく自費で引越をしなければならない僕の場合は最低限の物だけ持ってきて、最低限の物だけ持って帰る工夫が必要だ。なので家具はできるだけ売りたいので少なくとも帰国前の数日はホテル暮らしが必要になってしまう。

幸いボストンでは中古家具の売買が盛んなので僕らも売れる物はほとんど売ることができた。ベッドや本棚などの大型家具からゴミ箱やお皿といった小物まで要らない物で使えそうな物まで。ネット上に中古品売買の日本人コミュニティがあるおかげでほとんどの物は妻に任せて売りさばいてもらった。できるだけぎりぎりまで使って高く売りたい側と、できるだけ早く受け取って安く買いたい側の駆け引きも有りつつ、今のところ大きな不自由なく引越前日が迎えられているのは妻のおかげで本当に感謝している。おかげで最後の忙しい時期に勉強に集中できた。

もちろん日本から義母が半月以上の予定で応援に来てくれている事に感謝を忘れてはいけない。
出産の時もそうだったけれど、義母の支援が無ければ引越準備はもっと大変な事になっていたに違いない。
引越も日本企業に日本語で頼めるし作業も全て日本人がやってくれるのでこれも妻にお任せ。おかげでややこしい通関手続きなどについても問題なくこなせ、持って帰る荷物も段ボールに収まってうずたかく積み上げられて明日の出荷を待っている。

娘は非日常的な光景に興奮してそこらを歩き回っていつもよりも活発に遊びながらも、見知らぬ人がやってきては家具がどんどん無くなっていく状況に不安なのかここ数日ちょっと情緒不安定。甘えん坊ながらも芯は逞しい(ように感じられる)娘なのであまり心配はしていないけれど、やっぱりまだまだ乳児。帰国してすぐに妻も復職して娘を保育所に通わせないといけないかもしれないので、しばらくは少し甘やかしてでも変化に対応してもらえるよう頑張ってもらわなければ。

(写真はなぜか青猫がトレードマークのアメリカ支社)

2008年1月 9日 (水)

CAIB

20080108_1 もう授業は一つも取らなくても良いけれど、1月はIAP(Indipendent Accademic  Program)期間なので単発で様々なセミナーが組まれている。Engineering System Divisionでも連日のように面白そうな講座やセミナーが提供されているので帰国まで時間が許限り出てみたいと思っている。

今日のセミナーは2003年2月1日に空中分解を起こして7人の宇宙飛行士が犠牲になったスペースシャトル、コロンビア号の事故についての調査結果とその後シャトルプログラムに与えたインパクトを語ってくれるものだった。今更感もあったけれど、実際に事故調査委員会(Colombia Accident Investigation Board、通称CAIB)のメンバーだった教授と現役の宇宙飛行士が語ってくれるということなので面白い話が聞けるかもしれないと期待してみたのだ。

あの事故の根底には安全に対するNASAの文化と組織構造が問題だと報告書でも指摘されているけれど、今回もそこはかなり強調されていた。

事故に至っていないからといって想定外の事が何故起こっているかを調べずに許容してしまっている文化、更には「今回タイルが破損していたけど、次回もどうなるか注目しよう」などとシャトルのフライトが実験であるかのように毎回起こる異常事象に対処していることが問題の根源にあるとされているわけだ。

シャトルは手厚い検査や試験が追加された状況で遅れながらも飛んでいる。でも、重大な事件が起これば徹底的な対策を取るけれど、そうでなければ結果オーライで試験や手間をどんどん省いていく姿勢は20年前と同じなんじゃないだろうか。

今回得た新しい驚いきは、宇宙飛行士が語ってくれた、1996年の時点でシャトルのシステムとしてのどうしようもない脆弱性が指摘されていた事をNASAの一部で認識されていたということだった。
翼のある構造なので480平方メートルもの耐熱タイルが必要なこと。乗組員が脱出できない時間が長いこと。居住・貨物・推進モジュールが分離できないこと。なによりそれらのリスクを冒してでも、シャトルの最大のメリットである大きくて重い物を地上に持って帰れる性能が本当に必要な状況が非常に少なくなっていること。

それらに気づいていながら最近まで次世代機の開発に乗り出さなかったのは、いくつか理由が有るんだろうけれど根は相当深そうだ。

それでも一つの失敗が技術的な問題点だけじゃなくて組織の文化にまで光が当たって広く議論される点は見習わなければならないと思う。

2008年1月 8日 (火)

プロジェクトの価値(分類)

いきなり前回の記事と正反対の事を言っているように思われるかもしれないけれど、全てのプロジェクトが投資に対するリターンを最大化するべき対象ではない。

何かしら新しいことに挑戦するプロジェクトでは過去の経験がそのまま通用しなくなる可能性が高くなるので、様々な点で不確定性が高くなる。一つのビジネス分野を開拓して発展させていく長期的な観点から考えると、最初のプロジェクトは試験的な位置づけで高リスクと低リターンを覚悟して小規模に実行してみる事も必要な場合が多い。

短期的な損得と長期的な損得の両方を見据えた上で、どういう組織戦略を立てて複数の連続もしくは同時並行で進められるプロジェクトに対して優先度付けと意志決定を下していくかが組織運営の腕の見せどころの一つでもある。

そのためには各プロジェクトがどういう位置づけに有るかを理解して、どう継続的に発展させていくかを考えることが必要になる。Wheelright氏とClark氏によるとプロジェクトの性質は以下の5つに分類される。産業分野や企業の特徴によっては分類が変わるかもしれないが、上から順にリスクや不確定性が高くなる。

新規技術開発プロジェクト
イノベーションや技術開発を実用に移すこと目的としたプロジェクト。

ブレイクスルー・プロジェクト
全く新しい製品やプロセスを開発するプロジェクト。

プラットフォーム・プロジェクト
ラインアップのベースとなる製品を開発するプロジェクト。

派生プロジェクト
既存の製品やプラットフォームに対して低コストバージョンやグレードアップバージョン、オプションを組み込んだりするプロジェクト。

業務提携プロジェクト
上記の4分類において、開発能力やサービスレベルなどを高めるために他の組織と連携(パートナーシップ/アライアンス)を組むプロジェクト

それでは、プロジェクトがどの分類に当てはまればどれくらいのリスクを許容すべきでどれくらいの規模で実行してどれくらいのリターンを見込むべきなのだろうか。と、言われても普遍的な答えは存在しない。欧米では定量的な評価や分析が重要視されるのは確かだし、企業によってはリスクやリターンなどを定量的に算出する評価式とある程度の基準を決めているところは有る。
しかしどれだけ精巧で詳細な評価モデルが確立されていても、その定量的な評価結果が自動的に意志決定結果になることは無い。最終的な判断は必ず人が下すべきだと考えられている。

各種の情報を元にして自分の責任と権限で判断するために高給取りのマネージャーがいるのだ。

2008年1月 7日 (月)

プロジェクトの価値(マネージメントと経済観念)

正月もすっかり開けたのでまたエンジニアリングの話を続けたいと思う。もうすぐ卒業してしまうけれど、まだまだ学んだことの一割も書けていないと思うし、これからもできる限り学んだことを書いていきたいと思う。

20080106_1 さて、アメリカでシステム設計やプロジェクトマネジメントを学ぶときに徹底して言及されるのがプロジェクトの価値だ。技術的にどれだけ優れているとか性能がどれだけ高いかではない。ニーズ、コスト、売り上げのモデルを用いたときに、プロジェクトが本当に投資するだけの価値があるのか、選んだシステム構成が他の候補と比べて一番高いリターンを返してくれるのか。

どの授業でも必ずと言っていいほどプロジェクトの話をするときには技術的な最適化だけではなくて、プロジェクトの価値を高める事の大切が強調されていることに最初は多少とまどいさえ覚えたものだった。今考えてみると当たり前の事にも思えるけれど、工学部の授業に経済や会計の要素がふんだんに取り込まれているのはとても新鮮だった。

個人的には会計学や金融工学が苦手だし、はっきり言って嫌いだといってもいいと思う。それでもプロジェクトのマネージメントを仕事にしたいと思う限りはその考え方の基礎やエッセンスを知っておくべきだと思うようになった。プロジェクト全体の現在価値(Net Present Value)はいくらか、投資が回収できるまでの期間(Pay Back Period)はどれくらいか、投資に対する利益率(Return on Investment)はどれくらいか、1円儲けるために必要な投資額はいくらか(Cost Effectiveness)、割引率(Discount Rate)は何パーセントで設定するべきか、実際の投資と収入はどうなるか(Cash Flow)数え上げ挙げればきりがないけれどプロジェクトをマネージメントしていく上ではどれも必要な情報だし、マネージャーとしては知っておくべき事ばかりだと思う。

アカウンティングの記事にも書いたけれど、これらの詳細は経済や会計の専門家の出番でエンジニアやマネージャー自身がこれらの知識をフル活用して数字を出す必要はないし、彼らにはもっと他にやるべき事がある。それでもどういうシステム構成を選んで、プロジェクトをどうハンドリングして行くのかを考えるときにこれらの観点を忘れてはならないということを学ぶことができたのは大きな収穫だったと思う。

これはいかに利益を生み出すかに腐心するビジネスだけではなく、非営利の事業や公共事業にも全く同じ事が言える。もちろん投資に対するリターンが単純に金銭で計れない場合には話が多少ややこしくなる。プロジェクトの価値は何かしらの指標を持って計れなければならないけれど、誰にとっての何を最大化するべきなのかを見いだすのに苦労することも有るだろうし、それが複数有って優先順位を付けるのにさらに苦労する事も頻繁に有るはずだ。だからといってそこから逃げていては何も良くならないし無駄にお金を使うことになりかねない。

趣味でXプライズに投資しているIT長者たちだってどうすれば自分の資金を使って最大の効果が得られるかを考えているはずだし、税金を使う場合であれば言うまでもない。

2008年1月 5日 (土)

11ヶ月目の変化

20080104_220080104_1新年を迎えて娘も11ヶ月になった。あと一ヶ月も経たないうちに満一歳。将来何も覚えていないはずの最初の誕生日は何をしてやるのが良いのだろうか。できれば大きくなってから写真を見ても1歳の時点でも本人に楽しんでもらいたいので、まだ食べられないデコレーションケーキとかじゃなくて彼女が実際に食べられるものの方がいいし、プレゼントなら使える物がいい。などと、悩むのも楽しい。

最近の娘は最初の一歩を踏み出してから2週間で既に2~3mは歩けるようになったし、それ以外にもめざましい変化を遂げている。

できるわけもないのに靴下を履こうとしたり帽子を被ろうとする(ように見える程度だけど)。でもジップロックは開けられるようになった。ほ乳瓶のふたも自分で閉める。くっく(靴)とか、まんま(ご飯)などと物の名前を覚えて言えるようになってきた。好きなオモチャや遊び方も変わってきたし、一緒に遊んでいるときの反応の仕方も変わってきて急に子供っぽくなってきた。

体重9.5kg、身長75.5cm。身体も大きくなったのに合わせて乳児から幼児へと急激に変化しているのだろうか。満一歳の時点では何ができて何をして遊ぶのが好きなのか全く予想できない。

とりあえず明日の土曜日は何をする予定も無いので観察がてら娘と遊んでやることにしようと思う。

ということを妻に伝えたら驚かれた。
「(宿題など学校関係の)予定が何もない休日ってこの一年で初めてやん!」と。

これはいくら何でも大げさだ。NYへ行った週末は完全な休暇だったので覚えているだけでも2回はあったはずなのだ。

2008年1月 4日 (金)

これまでにない正月

20080103_1 アメリカの正月と日本の正月では過ごし方が全然違うというのは前から知っていたけれど、実際に経験してみると、頭では分かっているつもりでも自分に言い聞かせないと正月であることを忘れてしまう。

なんせ、ここまでなにもしなかった正月は初めてだった。

今年は忘年会も無ければ仕事納めも無い。年末年始の特番も無ければ初詣も無い。引越のおかげで大掃除もない。年末年始の挨拶も家族でしただけだし、お年玉をあげる(もらう)相手もいない。

かろうじて年越しそばと元旦のお雑煮を食べた以外は何にも無し。いつもの通り夜にベッドに入っていつも通り娘のパンチで目が覚めたら新年を迎えていた。

実際は引越を控えてお正月どころじゃないからかもしれないけれど、すっかりアメリカ式といえばアメリカ式の正月を迎えている。日本人として過ごしてきた習慣はそう簡単には抜けないとはいえ、環境によってすぐに変わるということか。

クリスマス休暇が続いている人も多いようで2日に行ったショッピングモールは混んでいたけれど、同時に近所の会社では朝から続々と出社しているし夕方にはいつも通りの帰宅ラッシュ。
いつもと変わらぬ日常が始まっていた。
自分も半分くらいアメリカ式に年始早々からのんびりと論文の校正や事務メールを再開。

 

そんな中でふと気づけばMITに初めて登校したのが1年前の今日。あの朝は不安と期待でどきどきしながら早起きして学校に向かったのだ。今年も新入生たちが合宿のような一ヶ月の初日を迎えていると思うと不思議な気分になる。もう一度やってみるかと言われたら・・・2年くらい後でいいと言うと思う。あの一ヶ月はそれくらいタフで刺激的な一ヶ月だった。

振り返るとつい先日の事だったような気もするし、遙か昔の出来事だった気もする。あれから自分が大きく変わった気もするし、根本的には何も変わっていない気もする。

そんなことは卒業してアメリカを離れてからゆっくり考えるべきだけど。

ちなみにSDMプログラムの1月のスケジュールがGoogle Calendarで公開されているのでGoogleアカウントを持っている人で興味がある人はSDMで検索してみてください。もちろん土日や何も予定がない夕方もプロジェクトのグループワークと宿題で学校は大にぎわいのはず。

それでは皆様、今年も変わらずよろしくお願いします。

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