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2008年1月29日 (火)

異文化のSE(その1~真似ずに盗め)

20080128_1_2 前回の記事から1週間、すっかり時間が経ってしまった。帰国翌日から職場に復帰して昼は仕事、夜は一年間空けていた家の掃除や日用品を揃えるのに明け暮れていたおかげで何とか生活環境が整ってきた。しばらく治りそうにないのはカウンターカルチャーショックで、これにはしばらく悩まされそうだ。

1年アメリカにいると、さすがにその国の文化に少しは馴染んでしまうようで、滞在中に自分ではあまり気づかなかった考え方や行動パターンの変化を今はしっかりと感じてしまう。違う文化に馴染んでしまうとこれまで当たり前だった考え方や行動にストレスを感じてしまう。実際に体験してみると人の行動様式や社会システムがいかにその国の文化に基づいていて、重要な要素であるかを信じないわけにはいかなくなってしまった。

このことはわざわざ1年間を費やして、しかも大金を払ってMITまで勉強しに来たSEにも非常に深く関係している。
ご存じの通りSEは昔から大学で教えている土木、建築、航空、電気など物理法則を相手にする工学とは違って人の営みを対象とする学問だ。そこには絶対正しいと言えるルールは無いし、経験から導き出された法則が幅をきかせていたりする。

当然誰かがやってうまくいったからと言って、そのやり方を他の人が何も考えずにそっくりそのまま真似て上手くいく保証は全くない。むしろ取り巻く状況が違うので失敗するリスクはとても高いと言えるだろう。単に真似るのではなく、その本質を盗むべきであり、そのためには十分な経験に基づいた多面的かつ深い観察による十分な理解が必要になる。

これは僕が実際に仕事で失敗から感覚的に感じていたことの正体であり、SEの参考書や論文を上司と一緒に必死で読んでも何を言わんとしているか分からなかったり、紹介されている方法論が何故そのやり方で上手くいったのかが理解できずに頭をひねっていた事に対する答えだったのだと今は思う。

SEには世界共通で誰もがどんな対象でも使えるような設計プロセスは無いし手法やツールも無い。企業文化やエンジニアの能力や経験はもちろん、国民性や社会的なルールやモラル、文化、法律、宗教まで含めた背景が違えば異なったプロセス、手法、ツールが使われてもおかしくない。

それではMITで学んできたことは日本で使えないのか、というとそんなことはない。直接コピーして使う事は難しいにせよ使いようはいくらでもある。

(写真はボストン美術館に飾られている北斎の唐獅子図より。中国のモチーフが見事に日本の美で表現されている)

つづく

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