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2008年2月 6日 (水)

異文化のSE(その3~モデル化)

MITではどれだけ意見が荒削りで洗練されてなかろうと、まずは個人が意見を持たないことにはグループでのディスカッションは始まらなかった。意見をぶつけ合いながら必要な情報を見つけては足し、不明確さを取り除き、良い意見を取り入れて個人の意見を集約しつつ最終的に合意できる結論を導き出そうとする。

まずゴールや求められるアウトプット、メンバーの興味や経験、情報へのアクセス性などを明らかにして、ある程度必要な情報についての共通認識を取ってから、みんなで徐々に核心に入っていくことに慣れていた僕としては、このやり方に最初は面食らってしまった。

どれだけ良いアイデアだと思っても、否定的な意見に対して反論できなければならないしアイデアの良さを論理的に説明できなければならない。逆にどんなに馬鹿げたアイデアだと思っても、論理的に否定できなければ生き残ってしまう。

そして、自分の考えを明確かつわかりやすく論理的に構成し、時にはモデル化して図示しながら周りの人を納得させていくかが非常に重要であり、当然のように求められる。

実はこの文化がSEの基礎を支える重要な役割を果たしているんじゃないかと、いつの間にか思うようになった。

SEは有名な標準プロセスや設計手法、モデルなどを導入すれば上手くいくものではない。それらに沿っていれば転用や比較が容易にはなるので参考にすべきだとは思うけれど、大事なのは「自分たちの」物事の進め方、考え方、判断基準などを見える形にして整理することで漏れや矛盾を無くし、さらに他の人と共有、改善して継続的に組織のシステム開発をレベルを「自分たちの手で」上げていくことだ。

SEを導入して成功しているアメリカの組織は、その地道な活動を驚くほどしっかりとやっている。アメリカでは数年毎に転職を繰り返す事が多いこともあって、日本のように人にスキルや経験を貯めることが明らかに無理なことも手伝ってはいると思うけれど、日本が今後、世界に影響力を持っていきたいと思うのであれば、このコストは払う価値は有ると思う。(理由については次回詳しく述べたい)

ちなみに、最初に紹介したアメリカ流ディスカッションの進め方については僕は今でも否定的である。論理の説明が下手に突飛なところから始まったり飛躍があったりすると、それを論理的に否定するのに長い道のりを経なくてはならないことも多かったし、全員が違う前提条件を元に違う視点から意見を述べていると気づいたのが喧々囂々の議論を経た後だった事も度々あったりして、優秀なメンバーが集まらない限り、あまりに無駄が多いように感じられたのだ。

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コメント

>いまさん
コメントありがとうございます。
NASAのものは確かにそうですね。
ただ、個人的な印象として持っている、NASAの組織的な高齢化とプロジェクト失敗の増加傾向は何故なのか気になります。

NASAのPMハンドブック、SEハンドブックなんか見える化の良い例ですな。彼らは、知識継承のイメージを持ってハンドブックを作っています。ちなみに、最近新しくなったSEハンドブックは見ましたか?すごいでっせ。

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