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2008年3月 3日 (月)

異文化のSE(数字で表す事の意義)

20080302 MIT在学中に受けた授業から学んだことは沢山あるけれど、その中でも「定量的な分析や評価の意義」が学べたのは非常に大きな収穫だった。リスクや価値といった数字で表しにくいけれども大事なことを、敢えて相対的または絶対的に数字で評価するのは何故かという問いに対して自分なりに答えを見つけられたと思っている。

これは一つの授業からだけではなくて、"Product Design and Development"、"Enginering Risk Benefit Analysis"、"Engineering Analysis for System Design"、"Marketing"、"Technology Strategy"、挙げればきりがない。いや、ほとんど全ての授業を通じて学んだ事だ。

MITに来る前には、英語の教科書や論文に載っている定量的な分析・評価方法がなぜ欧米で利用されているかが疑問だった。感覚的な事柄を数字で表すには主観的にならざるを得ないし、複数候補間の評価数値の差の妥当性、複数のパラメータ間の重み付け、これらには絶対に誤差が含まれる。

こんな問題だらけの状況で得られた点数や順位に何の意味があるのか分からなかったのだ。

実際に学んでみても「主観的に出された数字に誤差がある」ことに間違いはなかった。僕が間違っていたのは定量的な評価が物事を決めるという考え方だった。

Pugh Matrixを紹介した記事でも述べたけれど、定量的な分析・評価は意志決定を自動化するためにあるわけではない。数字だけで自動的に決められるのは、無数の候補から明らかに他より劣るものを見つけ出して選択肢を絞りこむ事がせいぜいなのだ。仮に最終的な選択を定量的な評価によって行うとしても、それが本当におかしくないかを経験や感覚から見直してみて、疑問が有れば考え直したり、結果をひっくり返す事があると考えるべきだ。

定量的な分析・評価をする最大の目的は、数値的に表現することで自分が何を重要視(軽視)し、評価しているか(していないか)を人に伝えるためにある。人によってその考え方が違うのは当たり前。でもその考え方の違いをお互いに理解するきっかけとなり、どうするのが良いかという議論が進む。これが定量的な分析・評価の最大の目的であると僕は理解している。

「意志決定を自動化することは不可能だ。いくら過去の事例からデータを得ても将来を当てることは難しい。最後には責任者が自分の意志で決断するしかない。定量的な分析・評価はその決断のために必要な情報の一部でしかない。」

リスク評価の第一人者といわれるGeorge E. Apostolakis教授の言葉だ。今でも僕の心にしっかりと残っている。

(写真は15ヶ月ぶりのたこ焼き。出来はまずまずで80点といったところ)

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コメント

>いまさん
毎度コメントありがとうございます。
共感していただけると嬉しいですね。

数字だけで決まらない。
だからこそ意志決定者、つまりトップの能力が重要になってくる仕組みでもあります。

同意です。コミュニケーションツールですな。それ故に合意形成にも役立ちうるんだと思います。

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