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2008年5月12日 (月)

技術文化とSEのとらえ方

20080511 気がつけば帰国してからもうすぐ4ヶ月。公私を含めて生活環境の変化もようやく落ち着いて少しは余裕が出てきた。一年のブランクを経て、気になる本も溜まってきたので読み始めているが、気になった本をいちいち買っている余裕もないので市立図書館を最大限に活用している。

今回は図書館で偶然見つけて面白かった本「NASAを築いた人と技術―巨大システム開発の技術文化」を紹介したい。この本が面白かった理由は三つある。

一つ目は、筆者が日本人でありNASAの組織文化と日本の宇宙開発期間である旧ISAS(宇宙科学研究所)と旧NASDA(宇宙開発事業団)の文化も比較して紹介されていること。詳細は是非とも本書を読んで理解していただきたいのだが、組織管理やシステム開発管理の考え方が単純に人ベースの日本対文書ベースのアメリカと対比できないことが理解できるように述べられている。

二つ目は、フォン・ブラウン博士が関わったナチスのミサイルV2開発から1980年代頃までのNASAとアメリカの歴史を組織管理やシステム開発管理の観点からフォローできること。

SEが無くてもやっていけた時代が終わりつつある時代までしか分析されていないのが残念ではあるが、これら2点は日本語で読める資料がなかなか無いだけに貴重な存在だと思う。

そして最後の三つ目は、SEが「技術の分からない本部(HQ)が開発現場を何とか判読」するための管理強化の手法としか使われていない書き方になっていることだ。

著者が何故SEをこの観点からしか描かなかったのかは理解に苦しむところだが、SEには少なくとも、エンジニア達が自分たちの開発活動についての状況や進め方を共有すること、異なるプロジェクトの経験を同一の観点で比較して学べることで組織の技術レベルを上げられること、「知っておくべきこと」を自己の失敗経験からでなく文書から学べることでエンジニアの基礎スキルを上げられる教育のメリットがあると思う。

とはいえ、これらのメリットを享受するためにはオーバーヘッドコストが、特に導入段階には大きくのしかかるわけで、自分の経験や直感に基づいて出来る人たちだけで小さなプロジェクトをやっていく事に慣れている人からは、SEはまさにこの本の筆者が言わんとしているような観点で見られているのかもしれない。

そして、その壁をどう取り除いてSEを意味ある活動として社内に浸透させて効果を発揮させられるか、これは未だに多くの組織が抱えている問題でもあるのだ。

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