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2009年2月14日 (土)

Casher's Check ~サインと印鑑~

20090213_ アメリカの銀行を解約してCashier's Checkで送られてきた残金を何とか安い手数料で換金するために、妻が口座を持つ海外の銀行の日本支店がたまたま職場の近くにあったので代理人手続きをしに行ってきたことは前回の記事に書いた。

チェックの裏書きには妻のサインがしてあるし、代理人手続きの用紙には妻の口座印と代理人(つまり自分)の印が押してある。日本のために印鑑がOKだなんてさすが世界に展開する銀行だけあって地域の文化に対応しているのは感心だ。銀行の窓口でそれらをさっと出すと、窓口の人も慣れたもので手続きは順調に進んでいた。

が、手続きの最後に一つ余計に書類を書かなくてはならなくなった。アメリカでの口座は夫婦共同名義のJoint Accountだったので当然チェックの表には夫婦両方の名前が書いてある。なので一方の口座に振り込むことを共同名義人が承諾する書類が必要だと言うことらしい。
承諾書くらい喜んで書く。そもそもそのためにきているのだ。するとそこで問題が起こった。なんと、承諾書には印鑑が使えずサインが必要で、しかも口座を持っていない人は公的書類(=アメリカなら免許証などにサインが入っているのだが、日本ではパスポートのみ)と照合が必要だと言われてしまった。
代理人手続きは印鑑で済ませられるのにといっても、さっきわざわざ免許証を求められ番号まで控えられて本人確認したはずだと言っても、パスポートがない人はどうするんだと言っても、サインの照合が出来なければ受け付けられないの一点張り。パスポートを持ち歩いている訳もないので出直すことになってしまった。

特殊な事例の中のさらに特殊な例なのかもしれないが、ローカライズするならば徹底して欲しい。中途半端にローカルニーズに応えると結局サービスを受ける人がダブルスタンダードに振り回されて、両方に対応しなくてはならなくなる。これは反って非効率だ。ケータイではないけれど物事はやっぱりシンプルでなくては。

この銀行の問題だけではなくて、システムやサービス構築の時には覚えておいて良い教訓だと思う。

(写真は昔に親が就職祝いにくれた印鑑セット。歳に合わせて活躍の場は増ばかりだ)

2009年2月11日 (水)

Casher's Check

20090211_check アメリカに引っ越して真っ先にやったことの一つが銀行口座の開設だった。その理由の最たるものがチェックを切れるようにするためだった。カフェの支払いでさえクレジットカードやデビッドカードを使うことが普通なのだが、まだまだ小切手無しではやっていけない。

実際に使ってみると、多額の現金を持ち運ぶよりは安心だし多少面倒ではあったけれど1年間過ごして何十枚かの小切手を切ったりもらったりしているうちに、それなりに使えるものかなと思うまでに慣れてしまった。仕組みはこれまでも何となく知っていたけれど、実際に1年間、50枚近くもチェックを使ってみるととても良く理解できる。アメリカ生活を通じて感じたことだけど、習うより慣れよとはよく言ったものだと思う。

さて、やっかいなのは日本に帰国したあとだ。最近アメリカの口座を解約せざるを得なくなってしまったのだがこの銀行には日本支店がない。(厳密にはあるけれど個人口座関係では電話で問い合わせさえできない)やりとりに多少苦労したけれど結果としてはオンラインでの簡単な手続きで口座が解約できた。日本の銀行と比べるとあり得ない合理的なサービスに感動していたのだが、口座の残金は当然Cashier's Check(銀行が発行した支払い保証付きチェック)で送られてきたから大変だ。

口座残高が無くても発行できてしまうチェックの性格上、窓口での即時換金は不可能で、どこでもたいてい一回口座に仮入金してからチェックの支払いが確認されて初めて入金が確定する。なので基本的に口座を持っている銀行でしか換金サービスを提供してくれない。(Casher's Checkは銀行の支払い保証付きなのだがそういう細かいサービスはやっていないらしい。)
そして何よりも驚いたのは日本の銀行の手数料の高さだ。アメリカの銀行であれば無料でやってくれるこのサービスになんとチェック一枚あたり5,000円程度もしくは取り扱い金額の半額程度を手数料に取るところが多い。国際送金でもしているのかもしれないが驚きを通り越して換金する気が失せる高さだ。

何とか安くすませる方法は無いかと調べていたら、アメリカでも円をドルに換金するのに重宝していた、とある海外の銀行がチェック一枚あたり1,050円でやってくれるらしいことがわかった。代理人でも手続きOKだとのことなので、口座名義人の妻に書類を書いてもらって行ってきた。

しかしここでは海外の銀行ならではの手続きトラップに引っかかってしまった・・・

(つづく)

2009年2月 6日 (金)

バランス

場面はいよいよ日露戦争に突入している。

勧められて年末から読み始めた「坂の上の雲」は第三巻に入ったところ。本格的に面白くなってきた。

実は面白いのは日露戦争そのものではなく、その当時の日本軍首脳部が何を考えて軍備を増強し、軍人に教育を行い、そして日露戦争へ臨んだかという、人と組織が持っていた考え方と行動だ。

筆者の司馬遼太郎氏も記しているように、当時の日本軍首脳部がいかに論理的で、現実主義かつ実力主義な組織であったか、読み進めるにつれて驚きは増す一方だ。
そのような状況から一世代、約35年後の第二次世界大戦では、なぜ精神論や階級主義に染まった組織になってしまったのか、本当に理解しがたい。

明治時代には、居並ぶ列強に対する圧倒的な国力の差という現実と、強烈なコンプレックスに打ちのめされていて精神論に走る余裕なんて無い状況に有ったからかもしれない。
そして、日露戦争を勝ちに持ち込んだ人たちはその精神を次の世代に伝えることをしてこなかったツケが回っただけのことかもしれない。
もしかすると単に大企業病に陥ったと言えるのかもしれない。
それでも今の僕にはあまりに不可解だ。

もちろん、精神的に鼓舞するような行動が必要無いかと言えば全くそんなことはなく、とても重要であることは間違いない。例えば、マーチー・ルーサー・キングJr.が"I have a dream!"の代わりに"I have a datum"と言って数字や事実を羅列しても決して歴史には残らなかっただろうし、バラク・オバマ大統領が独立戦争で勝利したアメリカの精神をうたわずに、アメリカ経済の危機的状況と回復策を論理的に述べたとしたら「あきらめずに頑張ろう」という言葉にあれほど大勢の人たちが共感したとは思えない。

要は、高い士気、良い実行計画、良質なリソースがセットで必要という当たり前のことなのだろう。問題は一つの要素だけが十分に有ったときに、残りの要素が足りないことがそれでいくらでもカバーしようとすることにある。問題の原因を残したまま問題を解決しようとするのだからたいていは上手くいかない。少しは上手くいってもすぐ限界がくる。

自分の身の回りで耳にする組織やプロジェクトの話で「歯を食いしばって何とかやり遂げているプロジェクトが有るんだから、足りないとか、仕組みが悪いとかいうのはあるのかもしれないけれど、なんか愚痴に聞こえるねぇ」と言われたりしている状況からすると、少なからず大日本帝国的な状況にある組織、さらにそれに気づいていない組織も多いんじゃないかと思ったりする。

大日本帝国軍がいかに問題を抱えた組織であったかはこの本に詳しいので、興味のある人は読んでみることをお勧めします。僕には今の日本の状況がこの当時と大きく変わっているとは決して思えなかった。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

2009年2月 1日 (日)

2T

20090201_2t 2月がきて娘が2才になった。
この場で娘のことを報告するのが本当に久し振りなせいもあるけれど、その間の成長っぷりはあまりに目覚ましくて出来るようになった事を挙げるとキリがない。

おもちゃ遊びがとても上手になった。レゴでのゴッコ遊びが大好き。人形の世話をして遊んだりもする。
本を自分で読めるようになった。お気に入りの本は自分で適当に話を作って読んでいる。
自己主張が激しくなった。服は選り好みするし、食器も親と一緒のものを欲しがる。
お友達と一緒に遊べるようになった。手をつないで走り回ったり、一つの物を使って2人で遊べるようになった。
語彙がものすごく増えた。話せることが嬉しいのか、放っているとずっと喋っているか歌っている。
運動能力は格段に向上した。いつの間にヨチヨチ歩きを卒業したのか、すたすた歩いているし、走り出したら僕でも歩いていては追いつけない。公園ですべり台のはしごも登る。暇を見つけては飛び跳ねている。

日本に帰ってきて1年、めざましい成長と共にすっかり日本人になってしまった。英語で話しかけても歌っても全く反応が無くなった。親としてはバイリンガルじゃなくて良いので、とりあえず人としてしっかりと育ってくれれば将来は何とでもなると思っているし、今年ものびのびと楽しんでエキサイティングな一年を過ごしてほしい。

体も随分と大きくなっている。86cmの13.5kg。ふっくらほっぺと、ぽっこりおなかは順調に成長していて服はどんどん小さくなって、95cm、100cmの服の裾を厚く折って着ている。
気になって自分が小さい頃の写真を見てみると2才半頃までは同じような体型をしているので、あと半年でスリムになるはず・・・なるはず。

ちなみにこの記事の題名の2Tはアメリカの服のサイズ。日本の子供服は80cm、90cmと身長でサイズ分けされているけれど、アメリカでは何故か2才以下は月齢(6M、12Mなど)5才以下は年齢(2T、3Tなど)が使われている。アメリカで買い込んできた2Tの服は順調にきつくなっている。

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