2009年5月16日 (土)

いっちょまえに

20090516_2歳頃から、娘はすこしずつ赤ちゃん卒業の自覚が芽生えてきたようだ。

何でも自分でやりたがるようになってきて、口癖は「じぶんで!」。
親がやってしまうと泣きながら元の状態に戻して自分でやる。
シャツのボタンは、はめたり外したり出来るのが嬉しいようで延々5分くらい繰り返しているときもあるくらい。

親が何かやっていると手伝いたがるようになってきて、ことある毎に「お手伝いしたい!」を連呼。いっちょまえに、ゆで卵の殻をむいたりピーラーで野菜の皮をむいてくれる。布団の上げ下ろしも果敢に挑戦。

色々出来ることがとにかく楽しくてたまらないようなので、急いでいるときも、深呼吸一つ入れてなるべくさせてあげるようにしている。

口もずいぶん達者になってきて、親のやっていることを手伝ったり自分が代わりにやりたいときは「おねぇちゃんになったから、できるのぉ!」「じぶんでやるからねっ!」といっちょまえに言ってくれる。

その一方で出来なかったりやりたくなかったりで親にやって欲しいときには「あかちゃんだからできない・・・。ぱぱ(まま)がやって。」と急に赤ちゃんに戻ってしまう。

そんなときにあきれながら意地悪して「さっきおねえちゃんって言ってたでしょ。出来るでしょ。」と言い聞かせるとキョトンとしてこんな一言が返ってくる。

「なぁにぃ?」

既に、立場の使い分けだけじゃなくて、すっとぼける技も身につけたか。

先日は風呂上がりに「待ってて!」と言うのを無視してドライヤーで髪の毛を乾かしにかかったら、おもちゃを持ちながら・・・
「もー、だからちょっと待っててって言ったでしょうよー。」と過去最高級にいっちょまえな文句を言われてしまった。

言い負けないように頑張ろうと既に気を引き締めているけど、それは準備が早すぎるか。

2009年2月 1日 (日)

2T

20090201_2t 2月がきて娘が2才になった。
この場で娘のことを報告するのが本当に久し振りなせいもあるけれど、その間の成長っぷりはあまりに目覚ましくて出来るようになった事を挙げるとキリがない。

おもちゃ遊びがとても上手になった。レゴでのゴッコ遊びが大好き。人形の世話をして遊んだりもする。
本を自分で読めるようになった。お気に入りの本は自分で適当に話を作って読んでいる。
自己主張が激しくなった。服は選り好みするし、食器も親と一緒のものを欲しがる。
お友達と一緒に遊べるようになった。手をつないで走り回ったり、一つの物を使って2人で遊べるようになった。
語彙がものすごく増えた。話せることが嬉しいのか、放っているとずっと喋っているか歌っている。
運動能力は格段に向上した。いつの間にヨチヨチ歩きを卒業したのか、すたすた歩いているし、走り出したら僕でも歩いていては追いつけない。公園ですべり台のはしごも登る。暇を見つけては飛び跳ねている。

日本に帰ってきて1年、めざましい成長と共にすっかり日本人になってしまった。英語で話しかけても歌っても全く反応が無くなった。親としてはバイリンガルじゃなくて良いので、とりあえず人としてしっかりと育ってくれれば将来は何とでもなると思っているし、今年ものびのびと楽しんでエキサイティングな一年を過ごしてほしい。

体も随分と大きくなっている。86cmの13.5kg。ふっくらほっぺと、ぽっこりおなかは順調に成長していて服はどんどん小さくなって、95cm、100cmの服の裾を厚く折って着ている。
気になって自分が小さい頃の写真を見てみると2才半頃までは同じような体型をしているので、あと半年でスリムになるはず・・・なるはず。

ちなみにこの記事の題名の2Tはアメリカの服のサイズ。日本の子供服は80cm、90cmと身長でサイズ分けされているけれど、アメリカでは何故か2才以下は月齢(6M、12Mなど)5才以下は年齢(2T、3Tなど)が使われている。アメリカで買い込んできた2Tの服は順調にきつくなっている。

2008年7月19日 (土)

20080719_1 7月から職場が東京に移ったこともあって久しぶりの更新。
いつの間にか蝉が鳴き始めて祇園さんが終わって梅雨が明けてもうすぐ天神さん。すっかり夏本番だ。

うちの娘ももうすぐ1歳半になるけれど、最近はものの名前に興味が出始めて何でも新しいものを見ると「きょれは?」と質問攻め。それもあってぐっと話せる言葉が増えてきた。
もちろん、単に言葉が増えてきただけじゃない。着たい服を自分で選んだり、したくないことをイヤイヤと主張するし、外へ行ったら自分が親を連れているかのような歩きっぷり。

身長も80cmを越えてきたけれど、それ以上に心が伸びる夏になりそうだ。

2008年6月13日 (金)

予想外のタイトロープ

20080612 眼下にボストンの見慣れた風景が広がり、飛行機がローガン国際空港に着陸したときに体中に広がったのは不思議と「帰ってきた」という感覚だった。たった一年しか居なかったボストンだけれど「またやってきた」のではなく第二の故郷に帰ってきたと言う感覚だった。ケンブリッジ生まれの娘にとっては文字通り帰ってきたと言えるのだが、僕自身もあまりに濃密な一年を過ごしたからかもしれない。もちろん頑張って娘を産んで育てた妻も同じように不思議な気持ちになっていたらしい。

しかし、ボストンへ到着出来たのは幸運だったと言っていいような往路だった。

今回のアメリカ行きの飛行機は気流が悪くてよく揺れた。機内食を配り始めたCAが途中で一旦中止したくらいだ。それでも大きな問題もなく乗り継ぎ地のワシントンに近づいたときに機長から衝撃のアナウンスが流れた。

「嵐が近づいているためダラス国際空港が閉鎖されました。管制官も避難するとの連絡を受けています」
「本機は給油のため近くの空港に向かいます」

結局飛行機はリッチモンドというよくわからない小さな空港で給油および天候回復を待ち何とか運用が再開されたワシントンへとたどり着くことが出来た。が、乗り継ぎ便は悪天候のためキャンセル・・・。

カスタマーサービスに1時間並んだ結果、その日の便はおろか翌日便も直行便は夜中まで空いておらず、ワシントンに一泊して翌朝にフィラデルフィア経由でボストンに向かうことになってしまった。

さらに荷物だけは当日便で自動的にボストンへ運ばれてしまったため手荷物のみでホテル泊。娘の着替えとおむつだけは手荷物に確保しといて本当に良かった。飛行機に乗るときに極力手荷物で持ち込むべき訳がここにもあった。

 

20080612_a そして翌日は朝から快晴。これは問題なく飛んでくれると思ったところ、飛行機に乗り込んだとたん機長からまたもや衝撃のアナウンスが流れた。

「フィラデルフィアの天候が悪く、当便は35分から60分程度遅れる見込みです。」

これは乗り継ぎ時間が45分しか無かった僕らにとってはクリティカルな問題だ。今日中にボストンに着くことが出来なければはるばるアメリカまで苦労してやってきた意味が無くなってしまう。早速CAや機長にまで相談して、便変更までしたいと申し出たのだが、親切な地上係員がフィラデルフィアからボストンへは1日数便出ていることを確認してくれたのでとりあえず飛んでみることにした。

結果、空港をベビーカーで疾走してなんとか搭乗締め切り1分前に飛行機に乗り込むことが出来たという冷や汗ものの乗り継ぎだった。

昼過ぎにやっとこさボストンに到着。1日ぶりに荷物をピックアップしてホテルへ直行。プリペイド携帯を購入して大学で卒業式のためのガウンと家族参列用のチケットを受け取ったらもうへとへとだった。

こうしてどうにかこうにか3回の経由と、時間的な綱渡りを経てボストンにやってくることが出来た今回のフライトは人生で2番目にしんどかったフライトだった。

1番目はブラジルに行った帰り、既に10時間ほど飛行機に乗った後ロサンジェルスでの乗り換え時、積み荷のバランスが悪いからと空港の片隅で機内に5時間閉じこめられたときだった。最もこのときは離発着する航空機を地上で眺めながら機内食を食べるという類い希なる経験までついてきたけれど。

2008年3月16日 (日)

相変わらず

帰国して2ヶ月。娘はすっかり日本に慣れたのに加えて歩きたい盛りの時期なようで、とにかく外に遊びに行くのが大好きなのだ。

歩き回ってはいろんな物を観察し、段差をおそるおそる上り下り、調子に乗って走り出そうとしては顔から転ける。屋内でも他の子はその場で遊んでいるのに娘だけは、そこら中を歩き回っているので妻もなかなか目が離せず大変らしい。

それだけ動けば自然と身体が引き締まってきそうなものだけど、相変わらずなのが二重あごとぽっこりお腹。アメリカでは三重あごだった気もするから少しは引き締まったのかもしれないが、洋服のサイズが着丈じゃなくてお腹周りで決まっているのはどうかと思うこのごろ。身長は74cmとそこそこなのに、体重は10kgを越えている。

4月から保育所に通えることになったので、そうすれば日中に食べる量も普通になって少しはへっこむのだろうか。

とはいえ、まだ太い細いを気にする時期でもないと思うし、なにより自分の昔の記録を見ると9ヶ月頃に10kgを越えている事が判明。そりゃ仕方ないか・・・

2008年2月17日 (日)

新生活スタート

20080216
先週末、三連休の初日はMITでも世話になった旧友夫婦の家に遊びに行った。奇遇にも集まったメンバーは

  • 昨年結婚、この4月から安定した仕事に着く予定(今回のホスト)
  • 先日入籍したところ
  • この春に結婚することを発表したところ
  • 学校卒業して日本に帰ってきて娘が1歳になったところ(自分)

とおめでたい人ばかりだったので、皆がお互いを祝い合う何とも楽しいひとときだった。
積もる話も有りながら、夕方には新幹線(偶然にもN700)に飛び乗って妻の実家へ。帰国後初めて、実に1ヶ月ぶりに娘と妻に再会。
会ったときにどうリアクションするか楽しみにしていた娘は寝起きだったので結果は何にも反応無し。抱いてやっても終始ボーッとしていた。その後、実の父を思い出すのに半日かかったようだが素直になついたので、一緒に過ごす時間を一年間頑張って作った甲斐があったものだ。

そしてアメリカを出発して1ヶ月、ようやく家に全員がそろって帰ってきた。
妻は僕と同じように「なつかし~」を連発。
一方で、大変なのはおそらく状況が全くわからぬままに「我が家」にやってきた娘。急な変化に対応できるほどには成長していないようで、初日はお風呂に一緒に入っても1ミリでも身体が離れようものなら泣いていたし、部屋でも大人しかった。

そんな彼女も、一週間経ってようやく慣れてきたようだ。
家中を嬉々として引っかき回し、お風呂では以前紹介したラバーダックと本で楽しそうに遊んでいる。

元気な娘を見るのは楽しいけれど、親二人はまだまだ振り回されっぱなし。平日は仕事が終わって帰宅してから一日の残り半分が始まる感じです。

それでも楽しいと思えるのは、最近或る事を改めて実感しているからかもしれない。

「親は子供からいろんな事を学んで人として成長する」

何を学んでいるのかを正確に言葉で表すことはできないけれど、忘れてしまった自分の幼少期の記憶を取り戻しているような、それと同時に娘を介して自分という人間の本質を見ているような不思議な気分。

とある友人が「日々の成長を見守る、すてきな時間を・・・」というメッセージをくれたけれど、僕が見守っているのは実は自分自身なのかもしれない。
もちろん「見守る」と言うほど平穏なものではなくて「戦っている」と言った方がしっくり来るけれど(笑)

(写真は蜜柑と携帯、やっと夫婦で電話を持った)

2008年2月 2日 (土)

あれから一年

20080201 あれは寝る暇もなく授業やグループワークに追われた1月、留学最初の1ヶ月がなんとか終わってホッとしているときだった。日付が変わった頃に病院へ車を飛ばし、夜を徹するどころかもう一度太陽が沈んだ頃に生まれた娘は、手のひらに頭を乗せると足が肘まで届かないくらい小さかった。

それが今や身長1.5倍、体重3倍、物入れの引き出しまで自分で開けられるようになって、手にするあらゆるものにかじりつき、ハイハイはとっくに卒業して走り出さんばかりの娘と当時の写真を見比べると、あっという間だった気がする一年が、実はものすごく長かったんだと思い直してしまう。

毎日が思い出に残るくらい濃密な一年だったから、娘が生まれる瞬間からずっと一緒に過ごして来た一年はしんどかったけど楽しかった。子育てはかなり参加してきた自負はあるけれど、勉強の合間にだけ面倒を見ればいい僕と違って、手のかかる娘を24時間世話してきた妻に心から感謝したい。

帰国して実家に帰ってから急激な環境の変化のせいか、ずっとお腹を壊したり熱が出たりと体調が万全ではないけれど、基本的には問題なく1歳の誕生日を迎えられたのは本当に妻のおかげである。

実家から帰ってきたら1ヶ月会っていない娘の誕生日を祝ってしっかり遊んでやろうと思う。そして妻にも少しは自由時間を作ってやりたい。

(写真はお風呂用の絵本と3匹のラバーダック。プレゼントに貰ってせっかく持って帰ってきたのに出番はもう少し先になりそうだ。)

2008年1月11日 (金)

脱走

今日は朝一番から引越の荷出し。力仕事は業者が全てやってくれるとはいえ、通関手続きの書類作成や業者とのコミュニケーションに忙しい。

と、気がつくと娘がいない。ちゃんと目を付けてくれていた義母が言うには「今ドアから廊下に出たとこ、5mも行けば泣いてすぐ戻ってくるわ」。

20080110_1 20080110_2 今日は朝からドアが開けっ放しだったので家の外が気になったのだろう。おぼつかない足取りでテケテケと歩いている。

ドアの陰から見守っていると驚いたことにいつまでたっても戻ってこない。道草を食いながらもどんどん家から離れていく。とうとう30mくらい離れたところまで行って、1人で遊びだしてしまった。最後にはドアにまだクリスマスのシールが張ってある家のドアをたたき始めてしまったのであわてて確保。

短い時間とはいえ、親べったりじゃなくて1人で遊べるようになったのは偉い。でもちょっと先が思いやられる出来事だった。

保育所に行きだしたら一度は脱走するんだろうな。

2008年1月 5日 (土)

11ヶ月目の変化

20080104_220080104_1新年を迎えて娘も11ヶ月になった。あと一ヶ月も経たないうちに満一歳。将来何も覚えていないはずの最初の誕生日は何をしてやるのが良いのだろうか。できれば大きくなってから写真を見ても1歳の時点でも本人に楽しんでもらいたいので、まだ食べられないデコレーションケーキとかじゃなくて彼女が実際に食べられるものの方がいいし、プレゼントなら使える物がいい。などと、悩むのも楽しい。

最近の娘は最初の一歩を踏み出してから2週間で既に2~3mは歩けるようになったし、それ以外にもめざましい変化を遂げている。

できるわけもないのに靴下を履こうとしたり帽子を被ろうとする(ように見える程度だけど)。でもジップロックは開けられるようになった。ほ乳瓶のふたも自分で閉める。くっく(靴)とか、まんま(ご飯)などと物の名前を覚えて言えるようになってきた。好きなオモチャや遊び方も変わってきたし、一緒に遊んでいるときの反応の仕方も変わってきて急に子供っぽくなってきた。

体重9.5kg、身長75.5cm。身体も大きくなったのに合わせて乳児から幼児へと急激に変化しているのだろうか。満一歳の時点では何ができて何をして遊ぶのが好きなのか全く予想できない。

とりあえず明日の土曜日は何をする予定も無いので観察がてら娘と遊んでやることにしようと思う。

ということを妻に伝えたら驚かれた。
「(宿題など学校関係の)予定が何もない休日ってこの一年で初めてやん!」と。

これはいくら何でも大げさだ。NYへ行った週末は完全な休暇だったので覚えているだけでも2回はあったはずなのだ。

2007年12月23日 (日)

First Walk

20071222_2 我が家を襲った風邪は収束に近づいているもののまだ治りきっていないので、この寒さの中出かけるわけにも行かずアメリカのクリスマスをあまり楽しめずにいるのが残念。

とはいえ、年が明けるといよいよ家の中から家具がどんどん売られて無くなっていくので今のうちにと仲の良いクラスメート夫婦を何組か招待して簡単なお食事会を開いた。鶏と卵の酢醤油煮、もやしの酢の物、お好み焼き、うどん、ちらし寿司とアメリカの日本食店ではあまり味わえない和食を堪能してもらい、楽しいひとときを過ごすことができた。

娘は見慣れない人たちの前ではいつも「おりこうさん」でおとなしい。このときも最初はオモチャで静かに遊びながらじっと来客たちを眺めていた。それでも30分も経てば慣れてきて普段通りのやんちゃぶりを発揮。。10ヶ月にしてかわいがってもらうコツを知っているとしか思えないくらいに愛嬌を振りまいてしっかり遊んでもらう。

そうやって遊んでいる最中にいきなり4歩くらい歩いたのでその場にいた一同びっくり。最近はつかまり立ちの後は手を離しても立っていられて、さらには腰を振って踊ることができるようになっていたのでそれを得意げに披露していた最中だったのだけど皆の見守る中でFirst Walkを披露してくれました。

その他にも最近は親の言葉の違いを理解して身振りで返せるようになりました。
「はろー」と言えば手を挙げる。
「ばいばい」は手を振る。
「いただきます」と「ごちそうさま」は手を合わせて(近づけて)お辞儀。
「ぱちぱち」は手をたたく(さすがに音は出ません)。
もちろん気が向いたときにしかやらないし、まだ言葉の意味は全く意味は分かっていないので食事中に何度もいただきますをやってくれる。

それでも全くできなかったことができるようになる、ゼロからイチへの変化は何度見ても感動するものがある。親バカってのは多分この感動から生まれるんだろうなと思うこの頃。
我が子の画期的な変化をビデオに撮ってYouTubeにアップする親の気持ちも分かる気がする(やらないけど)。

クリスマスイルミネーションを見に行けないのは残念だけど、娘とこれだけゆっくり過ごせる日々も日本に帰って復職すれば無いわけで、考えようによっては貴重ないいクリスマスを迎えている。

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