2009年5月20日 (水)

Serenity Prayer ニーバーの祈り

20090518_serenity_prayer 昨年お世話になった、とある大学の先生を偲ぶ会に参列してきた。
2月にお会いしてから2週間後、お住まいのあるカリフォルニアで急逝されたとの連絡を受けて愕然としたのだが、さすがに葬儀のために渡米する勇気はなく静かに冥福を祈るだけだった。

そんな思いを持った人たちが250人も集まって、やっと自分たちの中で先生にお礼を言って別れを告げられる会が日本で開かれた。

実はその先生と僕が初めて出会ってからまだちょうど1年ほど、実際に会った日数を数えると6日ほどにしかならない。それでもまるで恩師ように思えるのはエンジニアとして教わったことの重さだけではなく、人として何かを学んだことも大きいだろうし、明るくて魅力的な人格のせいもあるのだろう。何気ない会話なのに今でも覚えている言葉は沢山ある。

僕が1時間だけ他の先生の授業を代行したときには、本当に親身になって補足のコメントを入れてくれたり、適切な質問をして授業の価値を高めてくれた。

こんなにも短い時間しか接しなかったのにもかかわらず、訃報に接して受けたショックはあまりにも大きかったし、2年目の今年こそはもっと一緒にいろんなことが出来ると楽しみにしていただけに残念でならない。

それでも残されたものとしては、受け継いだものを大事にして自分の世界を広げ、受け継いだものの先にある新しい世界を見られるよう前進するしかない。

偲ぶ会でもらった冊子の最後には、クリスチャンであった先生愛唱していたという祈りの言葉が書かれてあった。

Serenity Prayer

God grant me the serenity to accept the things I cannot change;
courage to change the things I can;
and the wisdom to know the difference.
             Reinhold Niebuhr

ニーバーの祈り

神よ、
変えられないものを受け入れる心の平穏を与えたまえ。
変えることの出来るものを変えていく勇気を与えたまえ。
そして変えることの出来ないものと変えることの出来るものを、
識別する知恵を与えたまえ。
             ラインホールド・ニーバー

先生、短い間でしたが本当にありがとうございました。安らかにお休みください。

2009年5月13日 (水)

2008 Best Theses in Tech TV

20090512_2008_best_thesis_in_tech_2

You Tubeのようなサービスは沢山あるけれど、MITではTech TVと称して学生が作ったものからMITオフィシャルなものまでたくさんのビデオを公開している。そこで自分のクラスメイトが取ったSDM Best Thesis Award 2008の紹介(?)ビデオがアップロードされていたので皆さんにも紹介しよう。

SDM Best Thesis AwardとはSDM/MITでは毎年教授陣が最も優れた修士論文に与える賞で、何人かのSDMのプログラムディレクターを含めた何人かの教授陣が60本の論文を「精査して」選出されることになっている。
実は2008年の受賞者は去年の夏には決まっていて、受賞したDavidは大の友人と言うこともあって、彼がタイミング良く10月に日本にやってきたときには2人でささやかなお祝いをしたし、年明けの2月にはWEBでの受賞講演が有った(本人もWEB参加)ので今更ではあるけれど何度祝ってもめでたいものはめでたい。

彼の論文の内容を簡単に言うと、いわゆるジェネレーション・ギャップとして語られるエンジニアの典型的な性質、例えば「年配のエンジニアは保守的」だとか「X世代はわがまま」なんていう性質は意外と当てはまらないんじゃないの?ということをアンケートを元に分析したものだ。

人によっては、「こんなのがベストなの?」と疑問を持つかもしれないが、これまで当たり前と思われてあまり脚光を浴びてこなかったことを分析して、新しい考え方を提供したことに大きな意義が有るのだろうと思う。

本人は、「自分の論文は全然いいと思ってなかったから何で受賞したのか全くわからん。ディレクターから連絡を受けたときには『冗談はやめてくださいよ』と笑い飛ばしてしまって、本当にそうだと受け入れるのにしばらく時間がかかったよ。」と頭を掻いていたけれどやはり嬉しそうだった。

そんな彼の論文はもちろんMITの図書館WEBサイトに登録されていて、世界中誰でも全文を読むことが出来る。
Kim, J. David, "Generation gaps in engineering?"

ちなみに、SDMプログラムの学生がどんな論文を書いているか、興味がある人は過去の論文を調べてみるのも面白いと思う。SDMの修士論文は授業などで学んだことを使って論文を書かなければならないので、どういう人がSDMでどういうことを学んでいるかが論文に良く現れるからだ。

非常に数学的な理論を提唱をした論文、企業の開発プロセスを分析した論文、マーケティング理論を検証したMBA張りの論文など、しかもかなりが実際の仕事に関係しそうな題材。改めて見てみると本当に自分でも驚くほどSDMは多様性に富んだプログラムだと思う。

2009年4月 5日 (日)

SDM Pulse

20090403_sdm_pulse SDM/MITがどんなプログラムなのか聞かれることがたまにある。実はこういう質問がとても困る。なかなか全体的な雰囲気を伝えようとしても上手くいかなくて、質問と同じくらい漠然としたありきたりのことしか言えないか、具体的なことを並べ立てて結局全体像を上手く伝えられないかのどちらかに終わってしまうことが多い。

そんな僕に代わってSDMの雰囲気や特色を上手く伝えてくれるのがSDM発行の季刊誌、SDM Pulseだ。
このSDMのWEBサイトから誰でもダウンロードして読むことが出来る。

実はこの季刊誌、僕の入学が決まって初めてSDMを訪れた2006年秋のInformation Eveningというイベントで創刊が発表されていた。なのでそのときのことは鮮明に覚えている。たった8ページで、内容もSDMの紹介程度だったのでちょっとがっかりしたのだった。その後数回は同じような内容で、クラスメートとの話題に上ると批判ばかりしていた。

それがいつの間にかエディターの気合いが入ってきたのか、授業に関する面白い内容を報じることが多くなり、紙面も20ページ程度に増えてきて、皆さんに紹介したくなるほどのものになってきた。

特に今月号のトップ記事は正に僕が味わったSDMの醍醐味を伝えている。授業の課題プロジェクトで或るチームが消防車開発企業のプロセス分析を行って改善提案を行ったと言うもの。彼らはちゃんとボストン市内の消防署を数件訪れて、顧客のニーズ分析やユースケース分析まで行っている。
僕もクラスメートと一緒に、これと全く同じような事をやったからこのおもしろさはとても良くわかる。アメリカでは当たり前のようだったけれど、学生の課題に時間をそこまでの割いてくれる企業の姿勢に少しびっくりしつつも、授業の課題という枠を越えてチャレンジングな仕事をしているようなワクワク感が有ったし、本当にスキルアップのために真剣に取り組んでいた。

他の記事でも、

  • 授業で学んだことがいかに今の仕事に役に立っているか
  • 具体的に、学んだ手法をどう使って仕事に貢献したか
  • 何故私がSDMでの学生生活と社長業と育児を同時にこなせたか
  • 1月の厳しいブートキャンプがいかに有意義であったか

など盛りだくさんの内容を伝えている。

SDM/MITをよく知りたい人は是非一度目を通してみて欲しい。

(写真は2009年春季号のトップ記事に掲載されていた写真。人文字MITはお決まりのポーズだ)

2009年1月 5日 (月)

Year 2009

20090105 旧友達と地元の神社に参って2009年を迎え、娘に振り回されながらも家族や友人とゆっくりと休みを過ごし、今日からまた一年の日常がスタートした。

修士論文の仕上げと帰国の手続きに追われて普通の一日として新年を迎えた2008年、そして何より身重の妻と2人でボストンに渡り無我夢中で生活を立ち上げて三が日も明けぬ間に始まる未知なる学生生活にドキドキしていた2007年と比べると、久々に落ちついて迎えた新年は静かすぎてどこか物足りない気がしたけれど、リフレッシュする時間があって時々は落ちついて物事を考えながら過ごせる新年はいいものだと改めて思う。

それでも、何故かあの辛いほどにエキサイティングだった2007年の正月を懐かしく思ってしまう。もう一度やり直すならもっと上手くやれるのに、あんなことはしない、こんなことはしたかった色々と考えることは有るけれどそれは自分が成長したからだと考えることにしたい。まぁもう一度やり直せと言われてもしばらくは嫌だけれど。

自分のことはさておき、今頃は地球の裏側ではSDM'09の新入生達が期待に胸を膨らませながら自己紹介のプレゼンを行っているはずだ。そして今年は1人の日本人が加わっている事をとても嬉しく思う(彼のことをここでは仮にケニーと呼ぼう)。
SDMはタフなプログラムであることは間違いないけれども、自分から積極的にチャレンジすればそれだけ自分のためになる事を学べるプログラムだ。ケニーにはボストン生活をエンジョイしつつ、是非とも仕事に役立つ事を沢山得て大きくスキルアップすると共にかけがえのない仲間を作ってきてほしい。

自分もあの頃の興奮を思い出しながら静かに地に足をつけて一年間頑張っていこうと思う。

そしてこのブログを読んでくれている皆さんにとっても今年が良い年でありますよう。

2008年11月14日 (金)

Employment Report

20081114_employmentreport MIT/SDMのホームページに2007年-2008年のEmployment Reportが出ていたのでさっそく読んでみた。自分には関係ないけれど、ここに含まれる卒業生の多くは自分のクラスメイトなのだからどうしても気になってしまった。毎年同じ内容が書かれていることは知っているけれど、やっぱり今年もうなってしまうのが年俸だ。

基本給$90,000-$155,000、平均値$121,067、中央値$120,000。
平均値だけじゃなくて中央値までちゃんと出している几帳面さというか理系魂に感心するけど、何よりもエンジニアやエンジニアリングマネージヤの給料の高さはすごい。

そして噂では入学前と卒業後で基本給が平均$20,000ほども上がるというのだから仕事をやめて1~2年という時間と$100,000~$150,000を大学での教育にかけても長期的には元がとれる見込みがある。そしてそれがSDMの直接的な「価値」というわけだ。

ちなみに教育の価値が金額で表されるなんてビジネススクールだけちゃうん?と思うかもしれないがCarrier 0fticeでは学位および学科毎に卒業後に得た平均給与が公表されている。

日本の大学ではなかなかここまでしない。
決して良し悪しの問題ではなく、単に大学の価値を計る一つの物差しとして大学と学生が何を使うかの違いだ。
この違いはいかにも日米の価値感や大学の目的の違いを表していて面白いと思うのは僕だけだろうか。

2008年6月16日 (月)

Commencement

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卒業式の朝は早い。娘の時差ぼけに付き合ったせいもあるけれど朝7時にはホテルを出て学校へと向かう。生憎小雨が降っていたのだが、卒業式会場には傘も持ち込めないとホームページに書いてあったのでガウンとキャップをCOOPのビニール袋に入れて守りながら、自分は濡れて歩く。

ガウンとキャップは$35でレンタルしたのだが、ガウンは見るからに安物でレンタル窓口のお姉さんに"It will 'bleed' when it gets wet."(濡れたら色落ちするからね)と言われていたし、ガウン姿で電車に乗る気もしなかったからだ。

体育館に集合してみると1時間も待たされることがわかったので、久々に合うクラスメートや知人とゆっくりと近況を伝え合った。SDMのクラスメートは全部で40人くらいが式に参加していたが2007年度入学の同級生は10人程度で、残りは全て2006年度入学の人たちだったのがちょっと拍子抜け。

もちろん20人以上は卒業しているのだが、卒業式に来なくても証書は送ってもらえるので仕事を既に始めていて式自体に興味がない人たちにとっては、わざわざ休みとホテルを取って飛行機で駆けつける気にはならないのかもしれないが。それでも何とか参加しようと前日まで仕事をしてシアトルから朝6時に空港に着く便でやってきた強者も居て参加者のテンションはかなり高かった。

体育館からKillian Courtまでの行列が始まる頃には雨も上がって涼しくて気持ち良かった。通行止めになったMass. Ave.とMemorial Dr.を歩いて向かう。沿道には晴れ姿を見に来た沢山の家族が手を振り声をかけている。心地よい音楽が流れるKillian Courtに足を踏み入れると、観覧席を埋め尽くした卒業生の家族達の出迎えを受けた。

20080615_2 式自体は非常に簡単な流れだ。学長挨拶、貴賓挨拶(今年は2006年にノーベル平和賞を受けたDr. Muhammad Yunus氏)、卒業生代表挨拶。そしてその後は1人ずつ名前を呼んでの卒業証書&修了証書授与が2時間半延々と続く。

自分の順番を待ちながら、1人1人の名前が読み上げられて壇上で証書が渡されていく様子がパブリックビジョンにも写されるのを見ていると、どの顔もとても誇らしげで、開放感にあふれていた。

20080615a単に紙切れ一枚をもらうだけなのに、自分の番が近づいてくるにつれてなぜか緊張してきた。そして席を立って順番待ちの列に並び、とうとう自分の名前が呼ばれて修了証書をもらった時には喜びに変わった。

1月に論文を提出して日本に帰ったときにも達成感と開放感はあったけれど、こうしてみるとセレモニーって大事だなと思う。色々なことが思い出されると同時に何故か心地よい疲労感の中でMITでの生活が完全に終わったという実感に浸ることが出来たのだ。

式が終わった後は妻と娘、そして友人家族と一緒にドームを背景に写真撮影。娘は時差ぼけでとっても眠そうだったけれど家族そろって卒業を祝える自分は本当に幸せだと思った。これも学生生活中はもちろん、今回の旅行もほとんど寝ずに娘の面倒を見てくれている妻のおかげだ。
自分ももちろん夫として、父親として、全力で出来る限りの事はやったけれども、我が子と一緒にボストンでの一年を過ごしたことからもらったエネルギーはそれ以上だったと思う。そんな環境を用意してくれたのは間違いなく妻であり、3人の生活を献身的に支えてくれたことには感謝の言葉もないくらいだ。
そんなことを考えながらSDMの卒業パーティへと向かった。
久々に会った学科長やスタッフ、そしてまだ在学中のクラスメートは娘の成長ぶりに目を見はり、"SDM Baby"としてかわいがってくれたのがとても嬉しかった。

長い長い1日だったけれど、わざわざこのために日本からやってきた価値は十分に有った今回のボストン卒業式旅行だった。

ちなみに、帰りは何事もなく順調な空の旅を経て無事に日本に帰ってくることが出来たのでした(ふぅ)。

(写真はキャップに着ける房飾り。学士は右側に、修士や博士は左側に垂らすのが決まりだ)

2008年6月12日 (木)

卒業式旅行 ~はじまり~

20080611 SDMを卒業してからもう一年の1/3が過ぎた。帰国してから個人的な事情もあってずっとばたばたとしてきたのが漸く落ち着いてきたこともあって余計にそう感じるのかもしれない。ここらで一度仕切り直して一年の計画を立て直さないといけないなと、ぼんやり考えながらボストンへと向かった。

今回の最大の目的はMITの卒業式に参列することだ。MITでは2月、6月、12月が公式の卒業月なのだが、卒業式は6月の1回だけしかない。なので2月の卒業リストに載った僕も6月の卒業式には参加する権利が有る。

在学中は授業に向かうために一日二度は必ず通ってきたKillian Court。通るたびに卒業式をイメージしながら頑張るよう言い聞かせてきた。なので13ヶ月頑張ってきた自分にとっては是非とも参加したいセレモニーだったのだ。

卒業式は6月6日。前日に済ませるべき手続きがあったので2日前に現地入りする予定で飛行機に乗り込んだときには、まさか良くも悪くもこんな思い出深い旅行になるとは全く思いもよらなかった。

飛行機が定刻通りに成田を発ってから半日、最大のピンチはいきなりやってきたのだった・・・

(つづく)

2008年6月 2日 (月)

仲間の力

2080601 僕が在籍したSDMでは60人の仲間がいた。彼らはいつでも必要なときには自分の経験談や持っている知識を皆のために出来る限り提供してくれた。やるべきだと思ったことは自分のためだけでなく皆のために可能な限りリーダーシップを発揮して行動に移した。自分たちで使う設備は極力自分たちで管理して、問題が起これば自分たちの問題として解決に取り組んだ。SDMプログラムの価値を高めるためにはどういう改善ができるか、1人がメールで議論を開始するといつも数時間のうちに10件以上の返事があった。

あれは本当に見事だった。もちろん誰もが単なるボランティアで貢献しているのではない。皆のために貢献することで自分がそれ以上に大きなメリットを得られると感じているし、周りからも評価されるからだ。これは難しそうに見えるけれど、1人が1回ずつ貢献すればグループの人数分だけ倍になって返ってくるわけで、皆の学習意欲が高い状態で一旦臨界点を超えると、勝手にサイクルが回り始めるはずだ。

多くの人が共通の目的を持ち、長期間でのメリットに対して期待して行動することが出来れば物事はずっと良くなる。それでも、そうと分かっていてもなかなか上手くいかない。

学生と違って社会人に欠けている決定的な要素はそのどちらでもなく、実は「ちょっとした余裕」なんだろう。
(写真は光溢れる初夏のNYのセントラルパーク)

2008年1月20日 (日)

ただいま

Keepgoing じわっと目頭が熱くなった気がしたのはボストン空港でも成田空港でもなかった。それは意外なことに経由地から日本に向かう飛行機の席についたときに聞き慣れた機内音楽が聞こえてきたときだった。

やれやれこれじゃまるでノルウェーの森のプロローグじゃないかと、自分自身にあきれながらもジェットエンジンの回転数が上がって機体の振動が強くなっていよいよ離陸と言うときにはそれは確かなものとして自分の中にあった。

確かにこの一年が忘れられない一年であったことは間違いない。それでもその熱い気持ちがどちらかというと後ろ向きな気持ちから来るものだという意識は僕を少し不安にさせた。

そしてその不安が一瞬にして吹き飛んだのは、玄関を開けて家の中を見渡したときだった。そこはどこよりも僕を落ち着かせてくれた。そして僕の留守中に家を管理してくれた同期の友人に会ったときには、また彼らと一緒に頑張ろうと言う気持ちを確かなものにしてくれた。

留学する前から彼らと自分たちの仕事をもっと有意義で良い物にしようと頑張ってきたのだ。MITでの一年間は仕事を始めるためのトレーニングでしかないのだ。ゴールはまだまだ先、僕はまた本当に何かをする場所に戻ってきたに過ぎない。

SDMでの留学生活はこれで全て終わったけれど、MITで学んだ事で伝えたいことはまだまだある。なのでもう少しこのブログは続けていきたいと思う。

公私ともに一年間応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

2008年1月19日 (土)

SDMプログラム修了!

今日が論文の提出締め切り。同期のクラスメートのうち5人程度が卒業するらしく、僕もなんとか期限までに指導教官と学科長のサインをもらって提出できた。これで今日で13ヶ月の全プログラムが終了。めでたく卒業できることになった。

実際には、年明けに指導教官からいつでもサインしていいくらいに内容はできあがっていると言われたのだけれど、あまりに誤記や文法の間違いが多いと後悔しそうなので、試験時間をいっぱいに使って見直しをする受験生の気分で細かい手直しをずっと続けていた。

しかしそれも終わり。

印刷されて承認のサインが入った自分の論文を手にすると感慨深いものがある。達成感と開放感がじわじわと押し寄せてきて身体と頭を軽くしてくれる。そしていよいよ明日は日本に向けて帰国。早く日本に帰りたいという気持ちと、もう少しとどまっていたいという気持ちが交差するけれどついにこの日がやってきた。

明日の飛行機は早朝便なので早く寝るべきところだけれど、これからクラスメートと最後の祝杯を挙げに大学内のパブに行かなくてはならない。実は僕ともう1人が卒業する同期の中で最初にMITを離れるらしく、今週はことある毎に今日の飲み会にこれるのか質問攻めにあっていたのだ。

今週は、今日を待ちきれないクラスメートから毎晩のように飲みに誘われていたけれど、今日は一番おいしいお酒が飲めるはず。

それでは行ってきます。

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